【完結】春の庭~替え玉少女はお飾りの妻になり利用される~
08 子どもの私と、妹ミュリエル様
メイドに引きずられ、空き倉庫に閉じ込められる。
『閉じ込め』は好きよ。
誰とも話さなくていいし、叩かれることがないもの。
ただ、ごはんをもらえないのは本当に辛い。
のどもカラカラで、寝ているのか起きているのか分からなくなる。
でも音がもっと鮮明に聞こえるの。
屋敷の人たちが歩く音、物を落とす音、ワゴンを押す音、ほうきを掃く音……今日はお皿を落としたみたい、すごく大きな音がしたわ。
私はそれらの音に合わせて、指で床を叩いてトントンと音を出す。大きくしたり小さくしたり、たたくのを早くしたりゆっくりしたり……
そうしていると、いつもレオナルド先生がやってくる。
「このままではこの子は死んでしまいますよ!? こんなにあっさり殺してしまっていいのですか? もっと苦しませたくないのですか?」
そうマティルダ様に伝えて、私を医務室に連れて行く。
「すまない……すまない。私にはこれ以上の助けができない。だが、死ぬな! お前は何も悪くないのに、お前みたいな子がこのまま死んでいいわけがない! 必ず救いがある……あるはずだ! 神はいるはずだ!」
そう涙を流しながら、私の身体を懸命にさすってくれる。
神?
そんな都合の良いものがいる訳ないじゃないか。
神は力のある者の味方で、死を願われている娘の元にはやってこない。
今日は『音楽室』の床磨きをしろと言われた。
でも、空腹で身体をうまく動かすことができない。もう、殴られてもいいからとカーテンの奥で横たわっていると、いつの間にか寝てしまったようだ。
そこで素晴らしい音が聞こえてきた。
カーテンの隙間から目に入ったのは、白く輝く大きな家具で、伯爵令嬢のミュリエル様の指が音を鳴らしている。
白と黒に塗られた板を指でたたくと音が鳴るようだ。
何というきれいな音だろう……! あの家具は音を鳴らす道具なんだろうか。
ミュリエル様はこの伯爵家の一人娘。
母はマティルダ様で、父は私と同じくフレデリック様。年は8歳の私と、そう変わらないように見える。
だが、その姿は私とは全く違う。
伯爵夫人と同じ艶やかな茶色の髪には大きなリボン。ビーズが縫い付けられた黄色いドレスに真っ白なタイツ、ピカピカと輝く黒い靴。
どこから見ても貴族のお姫様だ。
そのミュリエル様の側に立つ中年の貴族女性は、彼女を睨みつけている。
「ミュリエル様! ちゃんと練習をされたのですか?」
「練習はちゃんとしたわ」
「この『春の庭』は次の発表会の曲ですよ! しっかり練習をしてもらえなければ、発表会にお出しすることはできません」
「だからちゃんと練習したって言ってるじゃない!」
「私に誤魔化しは効きませんよ。指の動きを見れば分かります」
「ちょっとお勉強で忙しかっただけなの。お茶会もあったし……」
「言い訳は結構です! 習う気がないのでしたら、時間のムダです。私は辞めさせて頂きます」
「いやよ! クレバー夫人! 次はちゃんと練習をするから! そんな事を言われたらお母さまに怒られちゃう!」
クレバー夫人と言われた女性はピンと伸びた背筋そのままに、さっとこの音楽室から出ていってしまう。
それをミュリエル様が「クレバー夫人! クレバー夫人!」を叫びながら、追いかけていく。
ミュリエル様の叫び声は徐々に遠ざかり、やがて音楽室に静寂が戻った。
『閉じ込め』は好きよ。
誰とも話さなくていいし、叩かれることがないもの。
ただ、ごはんをもらえないのは本当に辛い。
のどもカラカラで、寝ているのか起きているのか分からなくなる。
でも音がもっと鮮明に聞こえるの。
屋敷の人たちが歩く音、物を落とす音、ワゴンを押す音、ほうきを掃く音……今日はお皿を落としたみたい、すごく大きな音がしたわ。
私はそれらの音に合わせて、指で床を叩いてトントンと音を出す。大きくしたり小さくしたり、たたくのを早くしたりゆっくりしたり……
そうしていると、いつもレオナルド先生がやってくる。
「このままではこの子は死んでしまいますよ!? こんなにあっさり殺してしまっていいのですか? もっと苦しませたくないのですか?」
そうマティルダ様に伝えて、私を医務室に連れて行く。
「すまない……すまない。私にはこれ以上の助けができない。だが、死ぬな! お前は何も悪くないのに、お前みたいな子がこのまま死んでいいわけがない! 必ず救いがある……あるはずだ! 神はいるはずだ!」
そう涙を流しながら、私の身体を懸命にさすってくれる。
神?
そんな都合の良いものがいる訳ないじゃないか。
神は力のある者の味方で、死を願われている娘の元にはやってこない。
今日は『音楽室』の床磨きをしろと言われた。
でも、空腹で身体をうまく動かすことができない。もう、殴られてもいいからとカーテンの奥で横たわっていると、いつの間にか寝てしまったようだ。
そこで素晴らしい音が聞こえてきた。
カーテンの隙間から目に入ったのは、白く輝く大きな家具で、伯爵令嬢のミュリエル様の指が音を鳴らしている。
白と黒に塗られた板を指でたたくと音が鳴るようだ。
何というきれいな音だろう……! あの家具は音を鳴らす道具なんだろうか。
ミュリエル様はこの伯爵家の一人娘。
母はマティルダ様で、父は私と同じくフレデリック様。年は8歳の私と、そう変わらないように見える。
だが、その姿は私とは全く違う。
伯爵夫人と同じ艶やかな茶色の髪には大きなリボン。ビーズが縫い付けられた黄色いドレスに真っ白なタイツ、ピカピカと輝く黒い靴。
どこから見ても貴族のお姫様だ。
そのミュリエル様の側に立つ中年の貴族女性は、彼女を睨みつけている。
「ミュリエル様! ちゃんと練習をされたのですか?」
「練習はちゃんとしたわ」
「この『春の庭』は次の発表会の曲ですよ! しっかり練習をしてもらえなければ、発表会にお出しすることはできません」
「だからちゃんと練習したって言ってるじゃない!」
「私に誤魔化しは効きませんよ。指の動きを見れば分かります」
「ちょっとお勉強で忙しかっただけなの。お茶会もあったし……」
「言い訳は結構です! 習う気がないのでしたら、時間のムダです。私は辞めさせて頂きます」
「いやよ! クレバー夫人! 次はちゃんと練習をするから! そんな事を言われたらお母さまに怒られちゃう!」
クレバー夫人と言われた女性はピンと伸びた背筋そのままに、さっとこの音楽室から出ていってしまう。
それをミュリエル様が「クレバー夫人! クレバー夫人!」を叫びながら、追いかけていく。
ミュリエル様の叫び声は徐々に遠ざかり、やがて音楽室に静寂が戻った。