聖くんの頼みは断れない
3・仁愛のミッション開始!
翌日から、私のミッションがはじまった。
悪さをするあやかしを見つけたり情報を集めたりするだけなんだけど……すごーく、はりきってしまう。
だって、私にしかできないって言われちゃったし!
登校中に、きょろきょろ見回してしまう。あやかしの声は聞こえてこないかな?
耳をそばだててみるけれど……生徒たちの明るい声や、校門に立って生徒に挨拶する先生の声しか聞こえない。
校門を入ったところで、お団子ツインの葉純ちゃんの後ろ姿を見つける。
「おはよ、葉純ちゃん!」
葉純ちゃんの肩をぽんとたたく。
「おっ! 仁愛ちゃんおはよっ! なんか、元気だね」
「そう?」
「いいことでもあった~?」
葉純ちゃんは、目をキラキラさせて私にたずねてくる。う、するどい……。
「べつに、ないよ」
頭の中に、聖くんの姿がうかぶ。正直、頼まれたことに関しては、まだよくわからない。実感っていうものがない。でも、あのふたりに頼まれた上に、守るなんて言われたら――そりゃー、はりきっちゃうよね!
もちろん、怖いって気持ちは無くなってないよ。
でもそれ以上に……頼られる喜びもあるんだよね。
私だって、誰かに「すごい!」って言われたいっていう願望はあるんだ。
「ねえ葉純ちゃん。さいきん、困ったことない?」
ウワサ話が好きな葉純ちゃんなら、いろいろと詳しいんじゃないかな!
期待して聞いてみる。
「困ったこと?」
靴箱でうわばきにはきかえながら、葉純ちゃんはうーんとうなる。
そして、はっとした表情をうかべる。
「そういえば……」
「なにかある!?」
葉純ちゃんは、わざとらしく深刻そうな顔をしたあと、にぱっと笑う。
「漢字がおぼえられなくて困ってるっ!」
も~! にこにこの笑顔で言うんだから~!
「……それは努力してもらうとして……」
「えー、じゃあとくにないかなぁ。なんかあるかなぁ」
1年生の教室がある4階まで階段をのぼりながら、葉純ちゃんが真剣に考えてくれる。
「葉純ちゃんはさ、ウワサ話とかけっこうくわしいじゃない? さいきん、おかしな出来事に悩まされている子がいるっていうウワサ、知らない?」
葉純ちゃん、誰と誰が付き合ったとか、あのふたりがケンカ中とか、そういうウワサ話にくわしい。だから、あやかしのせいでなにか困ったことがあったら、葉純ちゃんの耳に入るんじゃないかなって思って。
「誰かが、おかしな出来事に遭遇した、とか……」
「おかしな出来事ねぇ。今のところは知らないかな」
「そっか」
教室に入り、この話は自然と終わってしまった。
ウワサ話好きの葉純ちゃんの耳に入っていないってことは、きっとなにもないってことかな。
困ったことになっている子がいないのはなによりだけど……。
私は、教室の後ろの棚に作った本棚を見つめる。昨日と変わらない並び位置。昨日と変わらない並び位置ってことは、だれも借りてないってことじゃーん! まだ朝だし、しょうがないけど……。
「あっ、仁愛ちゃんがあの本を選んだの?」
カバンを机に置いた葉純ちゃんが、私に話しかけてくれた。
「うん、昨日の放課後に」
「あたし、今本を読みたい気分だったんだよね~。でも図書室に行くほどでもないっていうか」
そう言って、本棚に向かっていく。私もそのうしろについていく。
「そうなの! そういう子が気軽に本を読むきっかけになるように、読書係が本を選んでいるの!」
うれしい、本棚に興味を持ってもらえて!
葉純ちゃんは、かわいいイラストが表紙の『中学生のためのお仕事図鑑』を手に取る。
「これはね、世の中にどういう仕事があるかくわしく紹介してくれる本だよ。イラストもまんがもいっぱいあって読みやすいよ」
「ふだん本を読まないあたしでも読みやすそう! これ借りてみようかなっ」
葉純ちゃんが、本をパラパラとめくる。
すっごくうれしい! なんだか、自分の本が売れたみたいな気分!
むずかしい本を読まなくちゃいけないからイヤ! って思って苦手意識を持つ子も多いけど、そんなことはないよ。どんな本でも、読んでいて楽しい、おもしろい、役に立った、同じ悩みを抱えている登場人物に出会った――ちょっとした感情に気づくきっかけとなればそれでいいんだ。
うれしい気持ちで葉純ちゃんと話していると、クラスの女の子が声をかけてきた。
「ねえ藍原さん」
あまり話したことがない子だ。
「藍原さんは読書係だよね?」
「うん、そうだよ!」
本を借りてくれるのかと思って、うきうきした気持ちで返事をする。
でも、思っていたのとは違う答えが返ってきた。
「この本、図書室に返しておいて」
そう言って、一冊の本を私に手渡してきた。おしゃれなイラストが描かれた『アンデルセン童話集』だった。童話って本来は子どもむけだけど、これは中学生から大人向けに編集されたものなんだ。
でも……。
「私が、返すの……?」
「よろしくねー。あ、楓くんおはよう!」
なんの悪気もない顔でそう言って、登校してきた楓くんに話しかけにいった。
今の状況を見ていなかった楓くんは、その子と笑顔で話している。
『アンデルセン童話集』をぎゅっとにぎりそうになって、あわてて力をゆるめる。
図書室は1年2組の教室のみっつ隣にある。本の返却なんて、すぐにできるのに。
また、断れなかった――。
しかも、私じゃなくてもできるような頼みごと。
自分でやればいいのに……。
「仁愛ちゃん……」
心配そうに、葉純ちゃんが私を見つめる。
あやかし探しを頼まれて引き受けたこととはぜんぜん違う。あれは、自分がやりたくて引き受けた。でもこれは……やりたいことなんかじゃないよ。
今まで、頼みごとはぜんぶ同じって思ってた。
でも、ちがう。
私じゃなきゃ、って思ってもらえて頼られることと、本の返却をめんどうに思って押し付けられることは、同じじゃない。
くやしくて、感情がおさえられなくなりそうになる。でも、おさえなきゃ。
「えへへ、また頼まれちゃった」
無理して明るい声を出した。
「仁愛ちゃん、人がいいんだから」
「ほんとだよね……。気が弱そうだからきっとなめられているんだよ」
思わず、自虐めいたことを口にしてしまう。
葉純ちゃんは私の自虐についてはなにも言わず、アンデルセン童話集を私からやさしく取り上げる。
「あたし、こっちも読んでみようかな。いったん図書室で返却して借り直したらいい?」
「え、だめだよそんな……」
葉純ちゃんが、めんどうなことをやらなくちゃいけなくなる。
「いいって! 読みたい気分なの!」
葉純ちゃんは、ニカっと笑ってくれた。
なんてやさしいんだろう。私のささくれた心がすっごくきれいになった気がする!
同じクラスになって2週間だけど、葉純ちゃんと友だちになれてよかった。
*
「断れないことに、なにか理由はあるのか?」
放課後、今日も昨日と同じデスクとソファとローテーブルが置いてあるだけの部屋に来た。つい、朝のことを聖くんに話したところ、理由をたずねられた。
今日も、場違いなほどにかわいいくまのぬいぐるみが、ちょこんとデスクの上に座っている。首に赤いリボンが巻かれていて、白い紙がはさまっていた。
聖くんの顔を見るのは、河童くんに助けられた時、昨日、そして今日と3回目だけど、まだ慣れない……。結界士っていうのも、かっこよさも、すべてが人間離れしているから。落ち着かないよ。
「兄さん、そんなずけずけ聞いたら悪いよ」
なぜか目を輝かせている聖くんにたいし、楓くんが苦い表情をうかべる。
「そーだそーだ、デリカシーがないよ!」
つい、楓くんに乗っかって聖くんに対抗してしまう。
でも聖くんは、ふん、と軽く鼻で笑った。
「自分から悩み相談してきたんだから、聞かれたくないなんてことはないだろ」
だよな? と聖くんが私を見つめる。
「……うん、その通り」
これまで、あまり人に話してこなかったこと。葉純ちゃんにも言っていないこと。
「たいしたことじゃないんだけど、よかったら聞いてほしいな」
聖くんと楓くんの顔を見る。
私はどぎまぎしながら、人の頼みを断れなくなったときのことを思いだす。
「物心ついた時から、私はよく頼みごとをされていたの。それで、小学4年生のときなんだけど――」
小学4年生のある日の放課後、同じクラスの女の子が、クラスの子から集めたノートを抱えて私のもとにやってきた。
「仁愛ちゃん、かわりに職員室に持って行ってくれない?」
放課後、私はいそいで家に帰りたかったんだ。その日は親戚の叔母さんが遊びに来るから早く帰ってきなって言われていたのに、探し物をしていておそくなってしまったから焦っていたの。
「ごめん、自分でやって」
私が断わったとき、その子はすっごくがっかりした顔をしたんだ。
それくらい自分でやればいいのに、って私は思ったの。いそいでるんだからできないのに、どうして頼んでくるんだろうって不思議だった。
私に頼みごとをしてきた子――実は体調が悪くて、立っていることすらつらい状態だったと知ったのは、次の日の朝。
「仁愛ちゃん、手伝ってあげたらよかったのに」「職員室に向かう途中で倒れたって」「ひどいよね、具合が悪いのに」
私に断わられたって、その子がクラスの子に言いふらしたみたいで、すっかり悪者になっていた。
私を悪く言った子たちは、もともと仲良くなかったグループの子。だから無視されたり悪口を言われたりしても、べつに構わなかったんだけど……でも、小学校卒業まで続いてしまったことはさすがにキツかった。
あのときの苦い思い出が、今もずっとずっと心にこびりついている。
断らなければ、何年もこんなにイヤな思いをしなくてすんだのに。
「へぇ、そんなことがあったのか」
聖くんが目を丸くして言う。
「嫌われたくないって思ったら、断れなくなっちゃった。頼みごとをするってことは、なにか理由があるのかもしれないし」
昔のいやな思い出を話して、心がまた重くなったような。でも誰かに話したから心が軽くなったような、不思議な気持ちになる。紅茶を飲んで心を落ち着かせた。
「ありがとう、話してくれて。でも仁愛さんが悪いわけじゃないって思うよ」
楓くんが、なぜだか泣きそうな顔でうなずいている。
私は少し恥ずかしくなって、言い訳めいたセリフが出てくる。
「ありがとう楓くん。この程度のことで、中学生になっても悩むなんてへんだよね。いじめられたわけでもないし、たいしたことじゃないのに」
私はもじもじとカップを見つめる。赤茶色の水面に、部屋の照明が揺れていた。
すこしの間、部屋がしんとなる。そこに、聖くんの強く透明な声が響いた。
「だれだって、人から見たらたいしたことじゃないことで悩むんだよ」
顔をあげると、視線を遠くにやっている聖くんの姿が目に入る。そしてゆっくりと視線をうつして、私の目をまっすぐ見つめる。
「仁愛が悩んでいるっていうなら、それはりっぱな悩みだから。つらいときはつらいって言っていい」
「聖くん……!」
いつも、イジワルというか、感じ悪い人なのに、今日はすごく寄りそってくれる。どうしてだろう……。
今なら、聖くんのことも聞けるかもしれない。
髪色は地毛なの? どうして、家から出たくないの? って――。
でも、聖くんはカップをソーサーと呼ばれるお皿に戻すと、すっと立ち上がった。
「そんなことより、あやかしの情報は手にはいったのか?」
グレーのパーカーを着ている聖くんは私の座るソファに近づき、腕を組んでソファのアームレストにもたれて私を見おろした。
下から見てもかっこいい顔ってすごいな……。
「えっと、とくにこれといってないです。困った子がいるってウワサもないみたい。図書室ものぞいてみたけど……特に変わりはなくて」
「そうか。ま、平和なのは良いことだ」
なんてことない風に、聖くんが言う。
でも、私じゃなかったら、なにかを感じられるんじゃないかって思うんだけどなぁ。ほんとうに、私でいいのかな?
なにもないんじゃなくて、単に私がなにも感じていないだけだったら……。そう考えると、怖くなってくるよ。
私ですらこんな気持ちになるんだから、結界士の聖くんは、もっともっとプレッシャーのある毎日なんじゃないかな。
すごいな、聖くんは。
ネガティブに思っても仕方ないよね。
聖くんの役に立てるよう、いろいろ話を聞いてもっと勉強しよう!
「私、イマイチあやかしっていうものがわかってないから教えてほしいんだけど……用水路にいた河童くんは、物語の中の登場人物があやかしになったわけじゃないんだよね?」
私の疑問に、聖くんは「いや」と口をひらいた。
「あの子は、ずーっとこの地域に住んでいるあやかしだ。どうにもいたずら好きで、ああやって人間を引きずりこむマネをして遊んでいるから、定期的に結界をはって人間に触れられないようにしている」
「あれ、いたずらなの? 死ぬかと思ったんだけど……」
「もちろん、本気で命をねらってくるあやかしもいるけど、あの子は違う。人間がきゃーきゃー言ってるのが楽しいんだと。まったくふざけてるよな」
言葉とはうらはらに、聖くんはまるでいたずらっ子な弟のことを話すみたいに、目を細めてやさしい表情をうかべた。
きっと、長い付き合いなんだろうな。
「聖くんはそうやって、子どもたちの平和を守ってくれていたんだね。すごいよ!」
「そう、かな」
「うん! めっちゃ尊敬する! 河童くんのいたずらだとしても、私はあのとき、死んじゃうかと思った。でも、聖くんが助けてくれて、ほんとうにうれしかった。私にとってのヒーローだよ!」
私の言葉に、聖くんは目を見ひらく。
そして、体重をあずけていたアームレストからすっと立ち上がって、私に向き直る。
なにをするかと思ったら……いきおいよく、私の髪をぐっしゃぐしゃにしてきた!
「ちょ、なにするの!」
「はずかしいことを言うから、おしおき!」
怒ったように、聖くんが言う。よく見ると、ほっぺも耳も赤くなっている。
「あっ、照れてるんだー!」
やりかえしてやる、と思って、私も立ち上がって聖くんのピンク色の髪に手を伸ばす。
ちょっと背伸びしないと届かない。でも、背伸びをしたら、思いっきり顔が近づいてしまった。
きれいな肌、まっすぐな黒い瞳、ツヤツヤのピンク色の髪を目の前にして、触れていいのかためらう。
私なんかが触っちゃいけないような、神々しさがあったから。
でも、触れてみたい。
迷っていると、目の前の聖くんの目が細められた。
ちょっと、傷ついたような表情にも見えたけど……気のせいかな?
「仁愛、やりかえさないの?」
甘くて、心にひびくような声でささやかれる。
そんなこと言われても……私にはできない!
「やりかえすなんて子どもじみたこと、しないもん!」
私は勢いよくソファに座る。
も、もう。なんか今日もドキドキさせられてしまった!
聖くん、照れ屋なのか大胆なのか、よくわからないよ……。
目の前にいた聖くんの姿や声を思い出すだけで、私も顔が熱くなる。
気持ちを切り替えるために、残った紅茶を飲み干した。すっかり冷えていて、ほてった体にはちょうどよかった。
「ふたりとも、すごく気が合うみたいだね」
楓くんが、ソファに座ったままのんびりと言った。
「べっつにー」
聖くんの反応に、楓くんはふふっと笑う。なんだか、ふたりにしかわからない空気感があった。楓くんはどういう意味で笑ったんだろう?
「ところで、本題のあやかし探しだが……。明日は土曜日だし、学校以外の場所も見てきたらどう?」
いつもどおり、クールな表情にもどった聖くんが提案する。
「たしかに。平日だと、学校でしか情報を集められないもんね」
学校にこれといったウワサがなかった以上、範囲を広げてもよさそう。
楓くんが立ち上がり、デスクからタブレットを持ってきた。そして私の右隣に座ると、タブレットにマップを表示させて私に見せてくれる。
ち、近いな! でも、タブレットの画面を見せてくれるだけだから、意識しちゃいけないよね。
私のドキドキを気にすることなく、楓くんはマップを操作していく。
「市の図書館とか、ショッピングモールがすぐ近くにある海辺の公園とかがあやしいと思うんだよね」
「本があるところと、人の多いところだね」
「水辺も、あやかしが多い。『水あやかし』ってジャンルがあるくらいだ」
聖くんが、私の左の肩越しにタブレットをのぞきこんで言う。
同級生の男の子にはないちょっと低い声と吐息が、耳をくすぐる。
ドキドキしちゃう……!
気にしない、気にしない。聖くんみたいにイヤな人のことで、ドキドキするわけない!
「楓と仁愛でいろいろ調査してこい」
「えっ!」
思わず聖くんを見る。けど、私の顔のすぐとなりにいるわけだから、聖くんを見ると顔が超接近する!
急いでタブレットに視線を戻す。右も左も、かっこいい男の子にかこまれて困る!
「どうした仁愛?」
「あ、いや、ええと……楓くんと、ふたりで?」
「俺は外に出たくないから。ふたりで行ってきて」
そのタイミングで、また夕方5時の防災無線が聞こえてきた。
聖くんはふぅと息をつくと、私から体を離した。
「はい、良い子の仁愛はおうちに帰りましょう~♪」
聖くんは歌うように言うと、フードをかぶって部屋を出て行ってしまった。
「もっと、聖くんとおしゃべりしたかったのに……」
相変わらず、別れ際はあっさり。
中学生なんだから、防災無線の時間に帰る必要もないと思うけどね。部活や塾でもっと遅くなる子もいるし。
聖くん、私を子ども扱いしているのかも。
「ああ見えて、藍原さんのことを心配しているんだよ」
楓くんの言葉に、私は眉をひそめる。
「心配?」
「あやかしに昼も夜もないけど、人間の世界は明るいうちのほうがキケンは少ないからね。基本、兄さんは過保護だから」
「それは、そうだけど……まだこんなに明るいのに」
「兄さんなりに、藍原さんに少しもイヤな思いをしてほしくないんだと思うよ」
少しも……。
そう思うと、聖くんの思いやりを感じなくはない。ぜんぜん、伝わってこないけどね!
まったく、過保護なのか人使いが荒いのかよくわからないよ。
「ところで藍原さん、明日の都合、どうかな?」
楓くんが遠慮がちに聞いてくれる。
「大丈夫だよ」
「よかった。兄さん、強引だから……嫌わないであげてね」
ほっとしたように、隣に座った楓くんが笑顔を見せてくれる。
「楓くんは、いつも私に寄り添ってくれるね。ありがとう! 聖くんとは大違い」
私の冗談めかした言葉に、楓くんはまた表情をかたくした。うつむいて、そして絞り出すような声を出す。
「僕には結界士の能力がないから……藍原さんにほめられていい人間じゃないんだ」
聞いたことのない、深くて暗い声だった。
やさしくてやわらかい男の子だと思っていたけど……それは、私が見ていたほんの一部分なのかもしれない。
悪さをするあやかしを見つけたり情報を集めたりするだけなんだけど……すごーく、はりきってしまう。
だって、私にしかできないって言われちゃったし!
登校中に、きょろきょろ見回してしまう。あやかしの声は聞こえてこないかな?
耳をそばだててみるけれど……生徒たちの明るい声や、校門に立って生徒に挨拶する先生の声しか聞こえない。
校門を入ったところで、お団子ツインの葉純ちゃんの後ろ姿を見つける。
「おはよ、葉純ちゃん!」
葉純ちゃんの肩をぽんとたたく。
「おっ! 仁愛ちゃんおはよっ! なんか、元気だね」
「そう?」
「いいことでもあった~?」
葉純ちゃんは、目をキラキラさせて私にたずねてくる。う、するどい……。
「べつに、ないよ」
頭の中に、聖くんの姿がうかぶ。正直、頼まれたことに関しては、まだよくわからない。実感っていうものがない。でも、あのふたりに頼まれた上に、守るなんて言われたら――そりゃー、はりきっちゃうよね!
もちろん、怖いって気持ちは無くなってないよ。
でもそれ以上に……頼られる喜びもあるんだよね。
私だって、誰かに「すごい!」って言われたいっていう願望はあるんだ。
「ねえ葉純ちゃん。さいきん、困ったことない?」
ウワサ話が好きな葉純ちゃんなら、いろいろと詳しいんじゃないかな!
期待して聞いてみる。
「困ったこと?」
靴箱でうわばきにはきかえながら、葉純ちゃんはうーんとうなる。
そして、はっとした表情をうかべる。
「そういえば……」
「なにかある!?」
葉純ちゃんは、わざとらしく深刻そうな顔をしたあと、にぱっと笑う。
「漢字がおぼえられなくて困ってるっ!」
も~! にこにこの笑顔で言うんだから~!
「……それは努力してもらうとして……」
「えー、じゃあとくにないかなぁ。なんかあるかなぁ」
1年生の教室がある4階まで階段をのぼりながら、葉純ちゃんが真剣に考えてくれる。
「葉純ちゃんはさ、ウワサ話とかけっこうくわしいじゃない? さいきん、おかしな出来事に悩まされている子がいるっていうウワサ、知らない?」
葉純ちゃん、誰と誰が付き合ったとか、あのふたりがケンカ中とか、そういうウワサ話にくわしい。だから、あやかしのせいでなにか困ったことがあったら、葉純ちゃんの耳に入るんじゃないかなって思って。
「誰かが、おかしな出来事に遭遇した、とか……」
「おかしな出来事ねぇ。今のところは知らないかな」
「そっか」
教室に入り、この話は自然と終わってしまった。
ウワサ話好きの葉純ちゃんの耳に入っていないってことは、きっとなにもないってことかな。
困ったことになっている子がいないのはなによりだけど……。
私は、教室の後ろの棚に作った本棚を見つめる。昨日と変わらない並び位置。昨日と変わらない並び位置ってことは、だれも借りてないってことじゃーん! まだ朝だし、しょうがないけど……。
「あっ、仁愛ちゃんがあの本を選んだの?」
カバンを机に置いた葉純ちゃんが、私に話しかけてくれた。
「うん、昨日の放課後に」
「あたし、今本を読みたい気分だったんだよね~。でも図書室に行くほどでもないっていうか」
そう言って、本棚に向かっていく。私もそのうしろについていく。
「そうなの! そういう子が気軽に本を読むきっかけになるように、読書係が本を選んでいるの!」
うれしい、本棚に興味を持ってもらえて!
葉純ちゃんは、かわいいイラストが表紙の『中学生のためのお仕事図鑑』を手に取る。
「これはね、世の中にどういう仕事があるかくわしく紹介してくれる本だよ。イラストもまんがもいっぱいあって読みやすいよ」
「ふだん本を読まないあたしでも読みやすそう! これ借りてみようかなっ」
葉純ちゃんが、本をパラパラとめくる。
すっごくうれしい! なんだか、自分の本が売れたみたいな気分!
むずかしい本を読まなくちゃいけないからイヤ! って思って苦手意識を持つ子も多いけど、そんなことはないよ。どんな本でも、読んでいて楽しい、おもしろい、役に立った、同じ悩みを抱えている登場人物に出会った――ちょっとした感情に気づくきっかけとなればそれでいいんだ。
うれしい気持ちで葉純ちゃんと話していると、クラスの女の子が声をかけてきた。
「ねえ藍原さん」
あまり話したことがない子だ。
「藍原さんは読書係だよね?」
「うん、そうだよ!」
本を借りてくれるのかと思って、うきうきした気持ちで返事をする。
でも、思っていたのとは違う答えが返ってきた。
「この本、図書室に返しておいて」
そう言って、一冊の本を私に手渡してきた。おしゃれなイラストが描かれた『アンデルセン童話集』だった。童話って本来は子どもむけだけど、これは中学生から大人向けに編集されたものなんだ。
でも……。
「私が、返すの……?」
「よろしくねー。あ、楓くんおはよう!」
なんの悪気もない顔でそう言って、登校してきた楓くんに話しかけにいった。
今の状況を見ていなかった楓くんは、その子と笑顔で話している。
『アンデルセン童話集』をぎゅっとにぎりそうになって、あわてて力をゆるめる。
図書室は1年2組の教室のみっつ隣にある。本の返却なんて、すぐにできるのに。
また、断れなかった――。
しかも、私じゃなくてもできるような頼みごと。
自分でやればいいのに……。
「仁愛ちゃん……」
心配そうに、葉純ちゃんが私を見つめる。
あやかし探しを頼まれて引き受けたこととはぜんぜん違う。あれは、自分がやりたくて引き受けた。でもこれは……やりたいことなんかじゃないよ。
今まで、頼みごとはぜんぶ同じって思ってた。
でも、ちがう。
私じゃなきゃ、って思ってもらえて頼られることと、本の返却をめんどうに思って押し付けられることは、同じじゃない。
くやしくて、感情がおさえられなくなりそうになる。でも、おさえなきゃ。
「えへへ、また頼まれちゃった」
無理して明るい声を出した。
「仁愛ちゃん、人がいいんだから」
「ほんとだよね……。気が弱そうだからきっとなめられているんだよ」
思わず、自虐めいたことを口にしてしまう。
葉純ちゃんは私の自虐についてはなにも言わず、アンデルセン童話集を私からやさしく取り上げる。
「あたし、こっちも読んでみようかな。いったん図書室で返却して借り直したらいい?」
「え、だめだよそんな……」
葉純ちゃんが、めんどうなことをやらなくちゃいけなくなる。
「いいって! 読みたい気分なの!」
葉純ちゃんは、ニカっと笑ってくれた。
なんてやさしいんだろう。私のささくれた心がすっごくきれいになった気がする!
同じクラスになって2週間だけど、葉純ちゃんと友だちになれてよかった。
*
「断れないことに、なにか理由はあるのか?」
放課後、今日も昨日と同じデスクとソファとローテーブルが置いてあるだけの部屋に来た。つい、朝のことを聖くんに話したところ、理由をたずねられた。
今日も、場違いなほどにかわいいくまのぬいぐるみが、ちょこんとデスクの上に座っている。首に赤いリボンが巻かれていて、白い紙がはさまっていた。
聖くんの顔を見るのは、河童くんに助けられた時、昨日、そして今日と3回目だけど、まだ慣れない……。結界士っていうのも、かっこよさも、すべてが人間離れしているから。落ち着かないよ。
「兄さん、そんなずけずけ聞いたら悪いよ」
なぜか目を輝かせている聖くんにたいし、楓くんが苦い表情をうかべる。
「そーだそーだ、デリカシーがないよ!」
つい、楓くんに乗っかって聖くんに対抗してしまう。
でも聖くんは、ふん、と軽く鼻で笑った。
「自分から悩み相談してきたんだから、聞かれたくないなんてことはないだろ」
だよな? と聖くんが私を見つめる。
「……うん、その通り」
これまで、あまり人に話してこなかったこと。葉純ちゃんにも言っていないこと。
「たいしたことじゃないんだけど、よかったら聞いてほしいな」
聖くんと楓くんの顔を見る。
私はどぎまぎしながら、人の頼みを断れなくなったときのことを思いだす。
「物心ついた時から、私はよく頼みごとをされていたの。それで、小学4年生のときなんだけど――」
小学4年生のある日の放課後、同じクラスの女の子が、クラスの子から集めたノートを抱えて私のもとにやってきた。
「仁愛ちゃん、かわりに職員室に持って行ってくれない?」
放課後、私はいそいで家に帰りたかったんだ。その日は親戚の叔母さんが遊びに来るから早く帰ってきなって言われていたのに、探し物をしていておそくなってしまったから焦っていたの。
「ごめん、自分でやって」
私が断わったとき、その子はすっごくがっかりした顔をしたんだ。
それくらい自分でやればいいのに、って私は思ったの。いそいでるんだからできないのに、どうして頼んでくるんだろうって不思議だった。
私に頼みごとをしてきた子――実は体調が悪くて、立っていることすらつらい状態だったと知ったのは、次の日の朝。
「仁愛ちゃん、手伝ってあげたらよかったのに」「職員室に向かう途中で倒れたって」「ひどいよね、具合が悪いのに」
私に断わられたって、その子がクラスの子に言いふらしたみたいで、すっかり悪者になっていた。
私を悪く言った子たちは、もともと仲良くなかったグループの子。だから無視されたり悪口を言われたりしても、べつに構わなかったんだけど……でも、小学校卒業まで続いてしまったことはさすがにキツかった。
あのときの苦い思い出が、今もずっとずっと心にこびりついている。
断らなければ、何年もこんなにイヤな思いをしなくてすんだのに。
「へぇ、そんなことがあったのか」
聖くんが目を丸くして言う。
「嫌われたくないって思ったら、断れなくなっちゃった。頼みごとをするってことは、なにか理由があるのかもしれないし」
昔のいやな思い出を話して、心がまた重くなったような。でも誰かに話したから心が軽くなったような、不思議な気持ちになる。紅茶を飲んで心を落ち着かせた。
「ありがとう、話してくれて。でも仁愛さんが悪いわけじゃないって思うよ」
楓くんが、なぜだか泣きそうな顔でうなずいている。
私は少し恥ずかしくなって、言い訳めいたセリフが出てくる。
「ありがとう楓くん。この程度のことで、中学生になっても悩むなんてへんだよね。いじめられたわけでもないし、たいしたことじゃないのに」
私はもじもじとカップを見つめる。赤茶色の水面に、部屋の照明が揺れていた。
すこしの間、部屋がしんとなる。そこに、聖くんの強く透明な声が響いた。
「だれだって、人から見たらたいしたことじゃないことで悩むんだよ」
顔をあげると、視線を遠くにやっている聖くんの姿が目に入る。そしてゆっくりと視線をうつして、私の目をまっすぐ見つめる。
「仁愛が悩んでいるっていうなら、それはりっぱな悩みだから。つらいときはつらいって言っていい」
「聖くん……!」
いつも、イジワルというか、感じ悪い人なのに、今日はすごく寄りそってくれる。どうしてだろう……。
今なら、聖くんのことも聞けるかもしれない。
髪色は地毛なの? どうして、家から出たくないの? って――。
でも、聖くんはカップをソーサーと呼ばれるお皿に戻すと、すっと立ち上がった。
「そんなことより、あやかしの情報は手にはいったのか?」
グレーのパーカーを着ている聖くんは私の座るソファに近づき、腕を組んでソファのアームレストにもたれて私を見おろした。
下から見てもかっこいい顔ってすごいな……。
「えっと、とくにこれといってないです。困った子がいるってウワサもないみたい。図書室ものぞいてみたけど……特に変わりはなくて」
「そうか。ま、平和なのは良いことだ」
なんてことない風に、聖くんが言う。
でも、私じゃなかったら、なにかを感じられるんじゃないかって思うんだけどなぁ。ほんとうに、私でいいのかな?
なにもないんじゃなくて、単に私がなにも感じていないだけだったら……。そう考えると、怖くなってくるよ。
私ですらこんな気持ちになるんだから、結界士の聖くんは、もっともっとプレッシャーのある毎日なんじゃないかな。
すごいな、聖くんは。
ネガティブに思っても仕方ないよね。
聖くんの役に立てるよう、いろいろ話を聞いてもっと勉強しよう!
「私、イマイチあやかしっていうものがわかってないから教えてほしいんだけど……用水路にいた河童くんは、物語の中の登場人物があやかしになったわけじゃないんだよね?」
私の疑問に、聖くんは「いや」と口をひらいた。
「あの子は、ずーっとこの地域に住んでいるあやかしだ。どうにもいたずら好きで、ああやって人間を引きずりこむマネをして遊んでいるから、定期的に結界をはって人間に触れられないようにしている」
「あれ、いたずらなの? 死ぬかと思ったんだけど……」
「もちろん、本気で命をねらってくるあやかしもいるけど、あの子は違う。人間がきゃーきゃー言ってるのが楽しいんだと。まったくふざけてるよな」
言葉とはうらはらに、聖くんはまるでいたずらっ子な弟のことを話すみたいに、目を細めてやさしい表情をうかべた。
きっと、長い付き合いなんだろうな。
「聖くんはそうやって、子どもたちの平和を守ってくれていたんだね。すごいよ!」
「そう、かな」
「うん! めっちゃ尊敬する! 河童くんのいたずらだとしても、私はあのとき、死んじゃうかと思った。でも、聖くんが助けてくれて、ほんとうにうれしかった。私にとってのヒーローだよ!」
私の言葉に、聖くんは目を見ひらく。
そして、体重をあずけていたアームレストからすっと立ち上がって、私に向き直る。
なにをするかと思ったら……いきおいよく、私の髪をぐっしゃぐしゃにしてきた!
「ちょ、なにするの!」
「はずかしいことを言うから、おしおき!」
怒ったように、聖くんが言う。よく見ると、ほっぺも耳も赤くなっている。
「あっ、照れてるんだー!」
やりかえしてやる、と思って、私も立ち上がって聖くんのピンク色の髪に手を伸ばす。
ちょっと背伸びしないと届かない。でも、背伸びをしたら、思いっきり顔が近づいてしまった。
きれいな肌、まっすぐな黒い瞳、ツヤツヤのピンク色の髪を目の前にして、触れていいのかためらう。
私なんかが触っちゃいけないような、神々しさがあったから。
でも、触れてみたい。
迷っていると、目の前の聖くんの目が細められた。
ちょっと、傷ついたような表情にも見えたけど……気のせいかな?
「仁愛、やりかえさないの?」
甘くて、心にひびくような声でささやかれる。
そんなこと言われても……私にはできない!
「やりかえすなんて子どもじみたこと、しないもん!」
私は勢いよくソファに座る。
も、もう。なんか今日もドキドキさせられてしまった!
聖くん、照れ屋なのか大胆なのか、よくわからないよ……。
目の前にいた聖くんの姿や声を思い出すだけで、私も顔が熱くなる。
気持ちを切り替えるために、残った紅茶を飲み干した。すっかり冷えていて、ほてった体にはちょうどよかった。
「ふたりとも、すごく気が合うみたいだね」
楓くんが、ソファに座ったままのんびりと言った。
「べっつにー」
聖くんの反応に、楓くんはふふっと笑う。なんだか、ふたりにしかわからない空気感があった。楓くんはどういう意味で笑ったんだろう?
「ところで、本題のあやかし探しだが……。明日は土曜日だし、学校以外の場所も見てきたらどう?」
いつもどおり、クールな表情にもどった聖くんが提案する。
「たしかに。平日だと、学校でしか情報を集められないもんね」
学校にこれといったウワサがなかった以上、範囲を広げてもよさそう。
楓くんが立ち上がり、デスクからタブレットを持ってきた。そして私の右隣に座ると、タブレットにマップを表示させて私に見せてくれる。
ち、近いな! でも、タブレットの画面を見せてくれるだけだから、意識しちゃいけないよね。
私のドキドキを気にすることなく、楓くんはマップを操作していく。
「市の図書館とか、ショッピングモールがすぐ近くにある海辺の公園とかがあやしいと思うんだよね」
「本があるところと、人の多いところだね」
「水辺も、あやかしが多い。『水あやかし』ってジャンルがあるくらいだ」
聖くんが、私の左の肩越しにタブレットをのぞきこんで言う。
同級生の男の子にはないちょっと低い声と吐息が、耳をくすぐる。
ドキドキしちゃう……!
気にしない、気にしない。聖くんみたいにイヤな人のことで、ドキドキするわけない!
「楓と仁愛でいろいろ調査してこい」
「えっ!」
思わず聖くんを見る。けど、私の顔のすぐとなりにいるわけだから、聖くんを見ると顔が超接近する!
急いでタブレットに視線を戻す。右も左も、かっこいい男の子にかこまれて困る!
「どうした仁愛?」
「あ、いや、ええと……楓くんと、ふたりで?」
「俺は外に出たくないから。ふたりで行ってきて」
そのタイミングで、また夕方5時の防災無線が聞こえてきた。
聖くんはふぅと息をつくと、私から体を離した。
「はい、良い子の仁愛はおうちに帰りましょう~♪」
聖くんは歌うように言うと、フードをかぶって部屋を出て行ってしまった。
「もっと、聖くんとおしゃべりしたかったのに……」
相変わらず、別れ際はあっさり。
中学生なんだから、防災無線の時間に帰る必要もないと思うけどね。部活や塾でもっと遅くなる子もいるし。
聖くん、私を子ども扱いしているのかも。
「ああ見えて、藍原さんのことを心配しているんだよ」
楓くんの言葉に、私は眉をひそめる。
「心配?」
「あやかしに昼も夜もないけど、人間の世界は明るいうちのほうがキケンは少ないからね。基本、兄さんは過保護だから」
「それは、そうだけど……まだこんなに明るいのに」
「兄さんなりに、藍原さんに少しもイヤな思いをしてほしくないんだと思うよ」
少しも……。
そう思うと、聖くんの思いやりを感じなくはない。ぜんぜん、伝わってこないけどね!
まったく、過保護なのか人使いが荒いのかよくわからないよ。
「ところで藍原さん、明日の都合、どうかな?」
楓くんが遠慮がちに聞いてくれる。
「大丈夫だよ」
「よかった。兄さん、強引だから……嫌わないであげてね」
ほっとしたように、隣に座った楓くんが笑顔を見せてくれる。
「楓くんは、いつも私に寄り添ってくれるね。ありがとう! 聖くんとは大違い」
私の冗談めかした言葉に、楓くんはまた表情をかたくした。うつむいて、そして絞り出すような声を出す。
「僕には結界士の能力がないから……藍原さんにほめられていい人間じゃないんだ」
聞いたことのない、深くて暗い声だった。
やさしくてやわらかい男の子だと思っていたけど……それは、私が見ていたほんの一部分なのかもしれない。