義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 *


 成田空港、国際線到着口。午後三時。

 人混みの向こうから姿を現した軽井沢さんは、数年の海外勤務を経ても、まったく変わらない穏やかな表情だった。スーツケースを引いて、こちらへ向かってくる。

「やあ、菜月ちゃん。わざわざありがとう。道、混まなかったかい?」
「いえ、大丈夫です。先生こそ、お疲れでは?」

 そう言うと、軽井沢さんは首を傾げて「うーーん」と唸った。

「やっぱり慣れないなぁ。菜月ちゃんの〝先生〟呼び」
「何言ってるんですか。私が御影事務所に入ってから、何年経ったと思ってるんですか?」
 
 軽井沢(かるいざわ)俊之(としゆき)──宝堂家の顧問弁護士。
 養父・龍樹の旧友であり、国際法務の世界では名を馳せる存在だ。

 軽井沢さんは、私と彰人さんの結婚式にも出席してもらっている。そのあと、海外にある宝堂グループの問題解決のために単身で出張していた。約三年間、彼は向こうの弁護士たちと共に問題解決にあたり、今ようやく帰って来れたのだ。
 私にとっては父のような人だけど、どこかいつも「他人」でいてくれる距離感が、ありがたかった。しかし、当の本人は口を開けば──。

「前みたいに、〝おじさま〟って呼んでくれていいのに〜」

 口を尖らせて、拗ねたフリをする。こういうところは、相変わらずだった。

「呼びません。先生方は、すべて平等に接します」
「はいはい。菜月ちゃんは真面目だなぁ」

 こんなやりとりも久しぶりで、微笑ましくなった。

 
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