義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 車を出して高速に乗ると、走行音が静かに流れる。
 しばらく走った頃、軽井沢さんが運転する私をチラリと見て言った。

「菜月ちゃん……大丈夫かい?」

 心配する風、という感じでもなく、ただ沈黙に耐えきれなくなったように。
 軽井沢さんの口ぶりは、優しい感じがした。
 
 もう、その言葉を周りから何度言われただろうか。
 彰人さんのことに関しては、くよくよしていられない。
 正直言えば、もう放っておいてほしい。
 けれど、彼に切り出すいいきっかけになった。
 
「軽井沢先生……実は、少し相談があるんです」

 高速を降りて信号待ちで車が止まる。私はカバンの中から、一冊の冊子を取り出した。
 彰人さんの日記だ。信号が青になりかけて、無言で軽井沢さんの前に差し出す。

「……これは?」
「彰人さんの日記です」

 軽井沢さんは眉をわずかに寄せた。

「日記……?」
「まだ、私しか見ていません。警察にも、律にも……父にも、話していないんです」

 しばらくの沈黙のあと、軽井沢さんは日記を開く。
 そして、数ページほど読んだところで、小さく息を呑んだのがわかった。
 日記を持つ手が、わずかに震えている。
 
「これは……」
「な、何か感じますか?」

 軽井沢さんの鋭い視点から、何か見つかるかもしれない。
 期待と不安が入り混じる。
 
「うん……彰人くんが、いかに菜月ちゃんを愛しているかわかったよ。ごちそうさま」

 そう言いながら、日記をパタンと閉じた。
 
「そ、そこじゃありませんっ!」
「いてっ!」

 運転中なので前を見ながら、軽井沢さんの膝をぺちんと叩く。
 ああ、もう……。
 軽井沢さんは凄腕の弁護士なのに、時々こうやってふざけてくるから困る。

「私が気になっているのは、最後のページなんです……」
「……亡くなった日の前日に、普通に書いているね」
「その、先です」
「先……?」
 
 軽井沢さんは、少し首を傾げながら、再びページをめくる。
 そこには、あの時と変わらず、あの文字が書かれていた。
 
《律には気をつけろ》

 一瞬、彼の息を呑んだような気配を感じ、前方に気をつけながら、ちらりと横目で見る。
 顎に手を当てて考えてはいるが、さすがは軽井沢さんというか。
 私と違って冷静に見える。
 
「う、ん……なるほど」
「先生は、どう思いますか?」
「普通に考えれば、言葉通りの意味だと思うけど」
「なんというか……内容ではなくて……」
()()()()()()()()()()()()()()()?」
「そう! それです! しかもわざわざ別のページに!」

 軽井沢さんは思索の迷路に入り込んでいるのか、膝の上で持つ日記の角を指先で叩いていた。
 
「菜月ちゃん、時間はあるのかい?」
「はい、今日は直帰してもいいって」
「じゃあ、どこかで食事でもして話そうか。内容が内容だから、個室があるところがいいな〜」

 軽井沢さんは、普段のように軽いノリでそう言って、スマートフォンでお店を検索し始めた。
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