義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 *

 
 朝食の時間。
 ダイニングでは、内村さんがいつものように手際よく料理を並べてくれていた。
 エプロンをつけて家事をしている姿を見ると、亡くなった母を思い出して胸があたたかくなる。
 内村さんは、平日毎日朝早くに宝堂家にやってきて、朝食を作ってくれる。洗濯や掃除などの基本的な家事を済ませると、夕食を作り置きして、金曜日には休日の分まで冷蔵庫に入れてくれている。それが二十年以上続いているのだから、尊敬しかない。風邪をひいたなど、一度も聞いたことがない。
 
(……いつも私たちのために、全部やってくれてるんだよね)

 何か、ちゃんと感謝を伝えたい。
 そんな気持ちが芽生えた。
 
 朝食を終え食器を下げていると、律がずいぶんとゆっくりとしている。
 いつもは急いで家を出ていくのに。
 
「あれ? 律、今日はお休み?」
「うん。夜に配信があるだけ」
「そ、っか」
 
 タイミング的にも今なら話せそうだ。
 律も、何かを感じ取ってくれたのか、「どうしたの?」と訊いてくる。
 
「あ、あのね……相談が、あるんだけど」
「なに?」
「内村さんに、なにか感謝の気持ちを伝えたいんだけど……」
「それなら、今言えばいいじゃん?」

 視線を向けると、内村さんが洗濯物をランドリー室に持っていくところだった。
 
「そうじゃなくって! ほら、内村さんって、私たちにとって母親みたいなものでしょ? だから、お休みをあげるとか、料理を代わってあげるとか……」
「……母の日、みたいな?」
「そう!」

 私は、母の記憶は少しだけあるけれど、律はどうなんだろう?
 律のお母さんは、すごく小さい頃に亡くなったと聞いている。
 とにかく善は急げ。ランドリー室に入った内村さんに声をかける。
「そんな……休むなんて、どうしたら……」と戸惑いながらも、どこか嬉しそうな内村さんを休ませ、私と律で洗濯をしてから、夕飯を作ることになった。

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