義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
彰人さんが亡くなってから、あまり使わなくなったエプロン。
久しぶりに身につけると、なんだか新鮮な気持ちになった。
「新婚時代を思い出す?」
「そ、そうね」
律のからかうような声に、曖昧に笑ってごまかす。
心の片隅に置いていた記憶が、揺れた。
余計なことは考えないでおこうと、包丁で玉ねぎを刻む。
律もいつの間にかエプロンを着て、楽しそうに鼻歌を歌いながら鍋を取り出してくれていた。
「いいなー兄さんは。姉さんのエプロン姿を毎日見られたわけでしょ?」
軽い調子のその一言に、指先がわずかに止まる。
「そんなことないわよ。彰人さん、帰りが遅い日の方が多かったから」
本当のことだった。
それ以上を続ける気にはなれなくて、私は黙って視線を落とす。
けれど、思っていたより動揺していたみたいで、包丁がわずかにずれた。
「いたっ……」
「えっ? 切ったの!?」
律がほとんど反射で飛んできて、手を掴んだ。
そのまま、ほんの数センチの距離で覗き込む。
「見せて。血が……」
「だ、だいじょ──」
言おうとした瞬間、律が指を持ち上げて、口元へ持っていく。
本能のように動きかけたその仕草に、慌てて手を引いた。
「ちょっ、ちょっと、なにするの!?」
「え、だって昔、姉さんが『舐めれば治る』って」
「いつの話よ!? だめよ、逆にばい菌が入るから!」
「ちぇーっ」
けれど、律はまだ心配そうに私の手を包んだままだった。
その距離の近さに気づいたのは、ほとんど同時だったと思う。
「…………」
「…………」
言葉が途切れ、ほんの一瞬、間が落ちる。
息が、触れそうなほど近い。
まずいな、と思った。
このままだと、何かを意識してしまいそうで。
「……と、とりあえず、水で流すねっ!」
半ば逃げるように蛇口の方へ向かうと、すぐ後ろから律がついてくる。
「待って、俺がやる。ほら動かさないで」
有無を言わせない調子で、手を取られた。
水で傷を洗い絆創膏を貼るまで、律は丁寧に手当てしてくれた。
……昔から、こういうところは変わらない。
「……気をつけてよ。姉さんが怪我したら困る」
「う、うん……ごめん」
絆創膏を貼り終えても、律はすぐに手を離さなかった。
見上げると、視線が一瞬だけ合って逸らしてしまう。
「……あのさ」
「ん?」
律の心配そうな顔を見て、なるべく言葉を選ぶ。
「手、もう離して?」
「あっ……」
慌てたように、律がぱっと手を離す。
その拍子に見えた耳が、うっすら赤い気がした。
久しぶりに身につけると、なんだか新鮮な気持ちになった。
「新婚時代を思い出す?」
「そ、そうね」
律のからかうような声に、曖昧に笑ってごまかす。
心の片隅に置いていた記憶が、揺れた。
余計なことは考えないでおこうと、包丁で玉ねぎを刻む。
律もいつの間にかエプロンを着て、楽しそうに鼻歌を歌いながら鍋を取り出してくれていた。
「いいなー兄さんは。姉さんのエプロン姿を毎日見られたわけでしょ?」
軽い調子のその一言に、指先がわずかに止まる。
「そんなことないわよ。彰人さん、帰りが遅い日の方が多かったから」
本当のことだった。
それ以上を続ける気にはなれなくて、私は黙って視線を落とす。
けれど、思っていたより動揺していたみたいで、包丁がわずかにずれた。
「いたっ……」
「えっ? 切ったの!?」
律がほとんど反射で飛んできて、手を掴んだ。
そのまま、ほんの数センチの距離で覗き込む。
「見せて。血が……」
「だ、だいじょ──」
言おうとした瞬間、律が指を持ち上げて、口元へ持っていく。
本能のように動きかけたその仕草に、慌てて手を引いた。
「ちょっ、ちょっと、なにするの!?」
「え、だって昔、姉さんが『舐めれば治る』って」
「いつの話よ!? だめよ、逆にばい菌が入るから!」
「ちぇーっ」
けれど、律はまだ心配そうに私の手を包んだままだった。
その距離の近さに気づいたのは、ほとんど同時だったと思う。
「…………」
「…………」
言葉が途切れ、ほんの一瞬、間が落ちる。
息が、触れそうなほど近い。
まずいな、と思った。
このままだと、何かを意識してしまいそうで。
「……と、とりあえず、水で流すねっ!」
半ば逃げるように蛇口の方へ向かうと、すぐ後ろから律がついてくる。
「待って、俺がやる。ほら動かさないで」
有無を言わせない調子で、手を取られた。
水で傷を洗い絆創膏を貼るまで、律は丁寧に手当てしてくれた。
……昔から、こういうところは変わらない。
「……気をつけてよ。姉さんが怪我したら困る」
「う、うん……ごめん」
絆創膏を貼り終えても、律はすぐに手を離さなかった。
見上げると、視線が一瞬だけ合って逸らしてしまう。
「……あのさ」
「ん?」
律の心配そうな顔を見て、なるべく言葉を選ぶ。
「手、もう離して?」
「あっ……」
慌てたように、律がぱっと手を離す。
その拍子に見えた耳が、うっすら赤い気がした。