義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
「可能性としては、二つある」

 軽井沢さんが、指を二本立てながら口を開いた。
 
「な、なんでしょう……?」
「一つは、彰人くんが日記を外で書いていた場合。これなら、誰かが手を加えることは不可能じゃない」

 なるほど、可能性としてはなくはない。
 だけど、私はそこにも引っかかりを覚えた。
 
「でも……」

 せっかくの意見を否定してしまうようで、口にするのをためらう。
 そんな私のためらいを見透かしたように、軽井沢さんが優しく促した。
 
「うん。今はどんな考えでも言ってしまった方がいい」
「日記は、クローゼットの奥深くにしまってあったんです。まるで隠していたみたいに。それをわざわざ外に持ち出すでしょうか?」
 
 私の言葉に、軽井沢さんは肯定も否定もせず、頷きながらも何も言わなかった。
 
「もう一つの可能性は……菜月ちゃんにとってはショックかもしれないけど」

 軽井沢さんは言いづらそうに頭をかき、目線を逸らした。
 喉の奥が、詰まる。
 
「なんですか? なんでも言ってください」
「……これを書いたのが、龍樹か律くんということになる」

 やっぱり、そうなってしまうのか。
 予想していたとはいえ、思考が一瞬、真っ白になった。
 
「でも文面からすると、消去法で龍樹が書いたってことになるんだよな……」

 可能性としてはそちらの方が高い。
 けれど、それでも腑に落ちないものが残る。
 それは、軽井沢さんも同じだったようで。

「でも、こっちもこっちで疑問がある」
「これを書いた動機……ですよね?」
「そうだ。わざわざ日記に書く意味がわからない。しかもクローゼットの奥から引っ張り出してきて」

 軽井沢さんは眉間に深いシワを寄せ、例の一文を指でなぞった。
 
「俺は龍樹の性格をよく知っているが、そんなまどろっこしいことをするやつじゃないと思うんだよなぁ……」

 これ以上はお手上げ、と言う感じで頭の後ろで手を組み、軽井沢さんはソファにもたれかかった。

 私は、テーブルの上に開かれた日記へ再び視線を落とした。
 筆跡に特に違和感はない。
 強いていえば、この文面だけ少し走り書きのような感じだろうか。
 それでも、彰人さんの文字に見えないこともない。
 
「筆跡鑑定とかは……?」
「できなくはないよ。だけど、警察は事件性が認められないと動いてくれない。民間に頼む手もあるが、金額がね……これくらいかな」

 軽井沢さんがスマートフォンを操作し、概算の見積もりを見せてくる。
 桁を見ただけで、ため息が漏れた。
 
「こんなにかかるんですね……」
「でも、それでも『彰人くん以外の誰かが書いた』ということしかわからないよ。彰人くんに関わった人物、全員の筆跡を比べるなんて時間がかかりすぎる」
「そうですね。じゃあ、もういっそのこと、『彰人さん以外の誰かが書いた』と仮定して動いたほうがいいんでしょうか?」

 私の言葉に、軽井沢さんの眉がぴくりと動いた。
 
「動くって、菜月ちゃんまさか」
「これを書いた人物を探し出します」

 この一文が、彰人さんの最期に関わっているのかもしれない。
 そう確信してしまった以上、もう立ち止まることはできなかった。


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