義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 背後から聞き慣れた声がして、私は凍りついた。
 振り返ると、律がドアのところに立っていた。笑顔を浮かべ、悪びれる様子など一切ない。

「り、律……どうして……」

 仕事に出かけたと思っていたのに、戻ってくるなんて。
 
「だから、入らないでって言ったのに」

 律は、ゆっくりと部屋に入ってきて、扉を閉めた。
 
「なんで、こんなこと……」
「なんでって……決まってるじゃない」

 いつものように、穏やかな微笑みを見せる。
 けれど、それが異様に気味悪く感じた。

「姉さんが、好きだから」
 
 さらりと口にされた言葉に、心臓がどくんと音を立てる。
 律は、床に落ちたアルバムを拾う。
 それを開くと、恍惚とした表情で見つめている。
 
「俺はね、姉さんのいろんな顔を見たいんだ。横からも、斜め後ろからも。笑ってる顔も、泣いてる顔も、困った顔も……ぜんぶ」

 言いながら、指先で私の写った写真をなぞっていく。
 全身の毛穴が開いていくような、ぞわぞわとした悪寒が私を襲い、思わず後ずさった。

 律は唇を噛み締め、私にもわかるほど、アルバムを強く握る。
 
「……せっかく邪魔者は排除してきたのに」
 
 耳を疑う言葉だった。
 排除って──

「まさか……彰人さんは、本当に……律が?」
 
 自分の声が震えているのがわかった。
 律は、急にきょとんとした顔をして、首をかしげる。
 
「兄さん? なんで?」
「だって! 彰人さんの日記に……《律には気をつけろ》って!」
 
 必死で言い募る私を、律は目を細めて見つめた。

「ああ、あれ」
 
 律は特に驚いた様子も見せず、にっこりと笑った。

「見つけてくれたんだ。そっかぁ……だから姉さん、最近態度がおかしかったんだ」
「え……?」
 
 理解が追いつかない。
 なぜ、律がそんなふうに……?

 軽井沢さんの言葉を思い出す。
 もし、この日記に書き込める人物がいたとしたら、それは──お父様か、律。

「ど、どういうこと……律、知ってたの?」
 
 問いかける私に、律はアルバムを閉じて当然のように答えた。
 
「だってあれは、俺が書いたんだもの」
 
 ──その真実に、頭の中で何かがひび割れる音がした。
 崩れそうに、脆く、あとひとつ何か知ってしまえば闇へ落ちていきそうな。
 そんな感覚に、陥った。
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