義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 養父と二人きりになるのは久しぶりで、少しだけ気まずい。
 防犯カメラの礼を伝えると、養父はただ一言「そうか」とだけ言ってお茶を口にした。
 おかげで、いくつか点と点がつながり始めている。
 真実に、手が届きそうな気がした。
 
 しばらくして、軽井沢さんが戻ってきた。
 考えてみれば、私は養父よりも軽井沢さんと一緒にいる時間の方が、長い気がする。
 仕事上のことだけではない。私がこの家に初めて来た時も、弁護士として軽井沢さんが付き添い人だったし、何かあると忙しい養父よりも連絡のつきやすい彼に相談していた。
 それは私だけでなく、彰人さんや律もそうだった。そういうわけで、養父と二人きりよりも軽井沢さんがいてくれた方が、ほんの少し、この気まずい空気が和らぐ。

「ダメだ。もういなかった」
「そうか。悪かったな」
「あの、どうして軽井沢先生がうちに?」

 訊ねると、養父は深くため息をついた。
 
「……御影先生に、後継のことをせかされてな。相談で来てもらった。おまえも、何か意見があったら言ってほしい」
「……はい」

 律のことは心配だけれど、さっきの剣幕──
 『姉さんは来るな!!』

 あんな律、初めて見た。
 追いかけなくていいの? でも……どこへ行ったか、わからない。
 そんな私の気持ちとは裏腹に、養父と軽井沢さんは宝堂グループ重役の履歴書等をテーブルの上に広げ、話し進めている。
 
「副社長の高城さんは?」
「優秀だが、トップを任せるとなるとまた話は別だ──」

 養父と軽井沢さんは、彰人さんの代わりを探している。
 それは当然のことだし、仕方のないことなんだけれど……。
 彰人さんの存在した場所が、どんどんなくなっていくようで、心の中にモヤモヤが広がっていく。
 重役の中には、過去に私がお見合いをした人物も数人いた。それでも、ほとんどが名前を聞いたこともない、知らない人ばかりだ。
 同席してほしいとは言われたけれど、私がここにいる意味はあるのだろうか?
 二人の会話を聞きながら、私はふと疑問を抱いた。
 
「あの……ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「律を後継にしないのですか? たしかに律はグループの仕事には関わっていないけれど……。それはこれから覚えていけばいいだけで」

 もちろん、本人のやる気の問題もあるが。
 でも、それでも二人の口から、律の名前が一切上がらないことが不思議だった。
 養父と軽井沢さんは顔を見合わせる。

「龍樹、もしかして菜月ちゃんに言ってないのか」
「……あえて言うことでもないだろう」
「まあ、言いづらいのはわかるが」

 二人の態度にきょとんとする。
 なにか、おかしなことを言ってしまっただろうか?
 養父が意を決したように、口を開く。
 
「菜月。律は──宝堂の人間ではない」
「──え?」
「おまえと同じ、養子なんだ」
「えっ? えっ……?」
 
 思考がかき乱される。
 律が……養子……? 私と同じ……?
 えっ……? だって、私がこの家に来た時に、律はいて。
 彰人さんの弟だと紹介されて……。
 混乱していると、養父は重々しく口を開いた。
 
「律の母親の名は──田口茉莉乃」

 その名前は、先ほど律が言ったものと同じ。
 私の脳裏に、律が叫んで飛び出して行った後ろ姿がよぎった。
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