義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
「茉莉乃と結婚したのは……玲奈が他界して数年経った頃だ。私もあの頃は玲奈がいなくなって落ち込んでいてな。親身になってくれたのが、茉莉乃だった」
「──で、コロッと騙されたんだよな?」
軽井沢さんが、冗談めかしてニヤリと笑う。
場を和ませようとしているのか、ただの皮肉なのかは判断しづらい。
「茶化すんじゃない」
養父が苦い顔をするが、軽井沢さんは肩をすくめただけだ。
「はいはい」
まるで全然気にしていないように、お茶を一口啜る。
「騙された……?」
私が聞き返すと、軽井沢さんがすぐに言葉を継いだ。
「彼女の狙いは、〝お金〟だったんだよ」
「お金……」
宝堂という名前が、こんなふうに利用されてきたのだと思うと、どこか他人事ではいられない。
「玲奈と茉莉乃は、学生時代からの親友だったと聞いている。家にも何度か来たこともある」
その〝親友〟が、亡き人の夫に近づき、そして律を連れてきた──。
言葉にならない不快感が、胸に沈む。
「実際、会社ではいろいろ噂もあったよ。『玲奈さんの死を待っていたんだろう』『財産目当てなんじゃないか』って。まさか、本当に噂どおりになるとはね」
「庇うわけではないが、最初はそんなことはなかったんだぞ。家事もきちんとして、彰人にも優しく接していた。だが、だんだん家を空けるようになって……。内村さんがいたから、家事に関しては問題なかった。私も仕事で忙しくて、発覚が遅れたんだ」
「まあ、早い話が、外で遊ぶようになっていったんだな。元々、派手な人だったから」
軽井沢さんが補足する。
「気づいた時には、会社の金を使い込んでいてな……。二年で離婚した」
「そ、そうだったんですか……」
養父は淡々と語っているけれど、その声には疲労がにじんでいるように聞こえた。
口を開くたびに、ため息が漏れている。
「いやぁ、あの時の茉莉乃さんはすごい剣幕だったよ。『別れたくない、別れるなら一生呪う』ってね。正直、裁判寸前まで揉めたんだ。養育費をつり上げてきたり、宝堂の名を使って外部に吹聴すると脅されたり……」
軽井沢さんが苦笑まじりで言う。
茉莉乃さんに会ったこともないのに、なんとなく想像できてしまう。
「でも……律はここに残ったんですね?」
おそるおそる訊ねると、養父と軽井沢さんは頷いた。
「うん……茉莉乃さんが連れて行こうとしたんだけどね」
「律が、彰人と離れたくないと言って聞かなかったんだ」
「そう、だったんですか……」
私がここに来たのが二十年前。その頃、律は六歳。
養父と茉莉乃さんが離婚したのが、その少し前──。
律は、そんな小さな頃から孤独を抱えていたのだろうか。
「それに、ここにいた方が律のためになると思った。結婚する前から、育児放棄されていたみたいだからな……」
心がずきりと痛む。
律の距離が異様に近いのは、どこか満たされないものの名残なのかもしれない。
彼の執着のような優しさと、時折見せる不安定さ。
その理由の一端に触れた気がした。
「あの……聞いていいかどうか、わからないですけど……。律の、本当の父親って……?」
二人が一瞬だけ視線を交わす。
養父は眉をひそめ、ゆっくり口を開いた。
「──で、コロッと騙されたんだよな?」
軽井沢さんが、冗談めかしてニヤリと笑う。
場を和ませようとしているのか、ただの皮肉なのかは判断しづらい。
「茶化すんじゃない」
養父が苦い顔をするが、軽井沢さんは肩をすくめただけだ。
「はいはい」
まるで全然気にしていないように、お茶を一口啜る。
「騙された……?」
私が聞き返すと、軽井沢さんがすぐに言葉を継いだ。
「彼女の狙いは、〝お金〟だったんだよ」
「お金……」
宝堂という名前が、こんなふうに利用されてきたのだと思うと、どこか他人事ではいられない。
「玲奈と茉莉乃は、学生時代からの親友だったと聞いている。家にも何度か来たこともある」
その〝親友〟が、亡き人の夫に近づき、そして律を連れてきた──。
言葉にならない不快感が、胸に沈む。
「実際、会社ではいろいろ噂もあったよ。『玲奈さんの死を待っていたんだろう』『財産目当てなんじゃないか』って。まさか、本当に噂どおりになるとはね」
「庇うわけではないが、最初はそんなことはなかったんだぞ。家事もきちんとして、彰人にも優しく接していた。だが、だんだん家を空けるようになって……。内村さんがいたから、家事に関しては問題なかった。私も仕事で忙しくて、発覚が遅れたんだ」
「まあ、早い話が、外で遊ぶようになっていったんだな。元々、派手な人だったから」
軽井沢さんが補足する。
「気づいた時には、会社の金を使い込んでいてな……。二年で離婚した」
「そ、そうだったんですか……」
養父は淡々と語っているけれど、その声には疲労がにじんでいるように聞こえた。
口を開くたびに、ため息が漏れている。
「いやぁ、あの時の茉莉乃さんはすごい剣幕だったよ。『別れたくない、別れるなら一生呪う』ってね。正直、裁判寸前まで揉めたんだ。養育費をつり上げてきたり、宝堂の名を使って外部に吹聴すると脅されたり……」
軽井沢さんが苦笑まじりで言う。
茉莉乃さんに会ったこともないのに、なんとなく想像できてしまう。
「でも……律はここに残ったんですね?」
おそるおそる訊ねると、養父と軽井沢さんは頷いた。
「うん……茉莉乃さんが連れて行こうとしたんだけどね」
「律が、彰人と離れたくないと言って聞かなかったんだ」
「そう、だったんですか……」
私がここに来たのが二十年前。その頃、律は六歳。
養父と茉莉乃さんが離婚したのが、その少し前──。
律は、そんな小さな頃から孤独を抱えていたのだろうか。
「それに、ここにいた方が律のためになると思った。結婚する前から、育児放棄されていたみたいだからな……」
心がずきりと痛む。
律の距離が異様に近いのは、どこか満たされないものの名残なのかもしれない。
彼の執着のような優しさと、時折見せる不安定さ。
その理由の一端に触れた気がした。
「あの……聞いていいかどうか、わからないですけど……。律の、本当の父親って……?」
二人が一瞬だけ視線を交わす。
養父は眉をひそめ、ゆっくり口を開いた。