義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
 *

 彰人さんの夢を見た。
 かつてのように淡く笑って、手を差し伸べてくれる。
 その手を取ると、二人で歩き出す。時々、彰人さんが何かを言って。何を言っているのかはわからないけれど、もう二度と聞けないと思っていた心地のいい声。
 返事をしようとした瞬間、光が差し込むように夢が薄れていく。

 ──目を覚ますと、いつもと違う天井が目に入った。
 ああ、そうだ。私、戻ってきたんだ……この家に。
 子どもの頃はくっきりしていた天井の模様も、今ではすっかり色褪せている。
 懐かしい実家の匂い。家政婦の内村さんが洗濯してくれたシーツの匂いも、昔のままだ。

 あと五分だけ、彰人さんの笑顔の余韻に浸っていたい。もう少しだけ……。
 変わらない香りに包まれながら、もう一度まぶたを閉じた時──
 ふと、頬に一瞬なにか柔らかいものが触れた。
 温かく、濡れたようにやさしい感触。

「おはよう♡」

 甘えたような声が耳元で囁かれ、ぱち、と反射的に目を開ける。

 視界のすぐ横に、律の整った顔があった。
 にこにことイタズラっぽく笑っている。

「姉さん、朝だよ」

 現実を飲み込むまでに、一秒とかからなかった。

「き……きゃあああああああっ!!」

 反射的に跳ね起きた。
 律は無邪気な笑顔で、ベッドのマットの上に顎を乗せている。
 さっきの柔らかいものは……もしかして、キ、キ、キス……!?
 まだ感触が残っている右頬に手を当てる。

 言葉がうまく出てこない。心臓がドラムのように打ち続ける。
 目的のために実家に戻ってきたというのに、律に調子を狂わされそうだ。
 そして……せっかく見ていた彰人さんの夢が、霧のように消えていった。
 
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