愛のちゅるる。
「今日はシーフードにしよう」
キッチン下の棚からカップラーメンを取り出し、まあるい蓋をぺりぺりとめくる。あ、待って、お湯沸かしてない。食べたいという気持ちが先走ってしまった。一旦、めくった蓋を戻す。戻したところで、元には戻らないし別に戻す必要もないけど、なんかやっちゃう。電気ケトルのスイッチを押して、お湯が沸くのを待つ。
片足で太ももを掻いたところで、スマホにメッセージが届いた。彼氏のいっくんだ。いっくんとは同期でもう二年近く付き合っている。お互いアラサー。周囲は結婚ラッシュ。私たちはいつだろう。
《電車遅延してるから着くの遅くなる》
あらま。大変だ。
「了解。気をつけてね、と」
結婚の話はほとんどしない。なぜ?と聞かれても、なぜだかわからない。そういう話にならない。結婚したんだって、へえそうなんだおめでたいね。他人のおめでたい話をしても、今度は自分たちだね、とはならない。そもそもいっくんが結婚相手になるのかすら。好きだけど。愛しているけれど。
電気ケトルの中でお湯がごぽごぽと音を立てる。冷めないうちに、とカップラーメンに注ぐ。真っ白な湯気がふわふわと宙を舞って消えた。熱気が逃げないように蓋を閉めてティッシュ箱を上に乗せる。
「へい、Siri。三分測って」
ちゃんと三分測るタイプ。ちなみにいっくんは直感タイプ。大体の感覚で生きている。ああ、だからかもしれない。いっくんにとって結婚はまだだよーって、直感が言ってるのかも。だとしたらなんか納得。
ラーメンができあがる三分間は暇だ。とりあえずインスタグラムのストーリーをだらだと流し見る。海外旅行でハワイ、いいな。高そうなお肉食べてんなー。あ、生まれたんだ!赤ちゃんかわいいなぁ。そうやって、心の中で羨ましがったり、ときめいたりしていたら突然着信が鳴った。相手はいっくんだ。どうしたのかな。
「もしもーし」
『ももー、今、最寄り着いた』
「お疲れさんです」
『満員電車で潰されたよ』
「可哀想に」
『帰ったら労わってください』
「まかせて」
三分経ってないけど、ちょっと蓋をあけてみる。シーフードの香りが食欲をそそる。画面を見るとあと一分程度だった。我慢、我慢。
『まだもうちょい先になるんだけどさ、先輩の結婚式で大阪まで行くことになった』
「え、まじ?大阪行きたいんだよね」
『奥さんが大阪の人らしくて。お土産なにがいい?』
「えー、なんだろ。考えとく」
『うん、お願いね』
「はーい」
あと十五秒。スマホを肩と耳に挟み、カップラーメンと箸をテーブルに運ぶ。
大阪いいね。観光地も多いし、なにより賑やかで楽しそう。美味しいものも多いだろうし。
ソファーじゃなくて、絨毯の上に座る。
『ねえ、桃ちゃん』
「んー?」
あと三秒で三分。
ふふふ。おいしく召し上がりますよー。
二秒
一秒
ピピピッ
『結婚しよう』
ピピピッ
「……は、今、なんて」
『桃ちゃん、オートロック解除して』
「えっ、あ、うん、ちょい待ち」
私は急いでオートロックを解除した。ソワソワして座る気になれなくて、玄関の前でぐるぐるとまわる。そのうち目が回って、もうなにも考えられない。
インターホンが鳴ったと同時にこちらからドアを開けた。びっくりした、と目を丸くするいっくん。いや、びっくりしたのは私なんだけど。ていうか。
「結婚しようって」
「うん、桃ちゃん、結婚しよう」
「なんでこのタイミングなの」
「ごめん、ロマンチックじゃないよね」
「そうじゃなくて、別にいいの、夜景の見えるレストランとか高級ホテルの部屋に入ったら風船とかバラの花束とか、そういうキラキラしたものを求めてるわけじゃなくてさ、」
「うん」
「カップラーメンできあがった瞬間ってのが、ちょっとおもしろくて」
「ちょうどだった?」
「うん、でも、伸びてる」
「まだ大丈夫だよ、きっとおいしい」
「いっくんも食べる?」
「食べたい」
「ん、わかった」
いっくんは直感タイプ、感覚で生きてる。だから、今だったらしい。今、私に言いたかったんだって。なんてヤツだ。誇らしい。だいすき。
案の定、麺は伸びていた。大丈夫なわけなかった。けれど、いっくんと分け合いっこして食べるラーメンは今まで食べたどのラーメンよりもおいしかった。不思議。
ラーメンを待つ退屈な三分、他人のしあわせを羨む三分、されど三分。私にとっては愛の三分になった。
fin.


