愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第21話

「このジャム、凄く美味しいわ!」

スコーンにたっぷりのクロテッドクリームとジャムを乗せて食べる。今日のお茶会のメインはスコーンだ。ジャムに合う食べ物としては最適と思われる。

最初にそう声を上げてくれたのは、カムデン侯爵夫人だった。
ここの場で一番位の高い侯爵夫人がそう言ってくれたことで、他の招待客の皆様も口々にジャムを褒めだした。

「果物のみずみずしさが残っていて、本当に美味しい!」

「桃のジャムは初めて食べたけれど、甘さが控えめでいくらでも食べられそうだわ」

皆の笑顔が私に勝機を悟らせた。

「実はこのジャム全て、うちの領で採れた果物を使用しておりますの」
私の言葉にカムデン夫人は首を傾げた。

「ブラシェール伯爵領って果物が特産物だったかしら?」

「いえ……昔はたくさんの果樹園があったのですが、販売先を失いまして……。今では自分達で楽しむ程度の収穫しかありませんが、それでもとても美味しいんですのよ」

「まぁ……ジャムにしてこれだけ美味しいんですもの。新鮮な果実はもっと素晴らしいんでしょうね」

「ええ。領邸では果物をそのままデザートとしていただいておりますが、本当に美味しくて……皆様にも食べていただきたいくらいです。その代わりと言っては何ですが、今回皆様にジャムを手土産としてお持ち帰りいただこうかと……」

「それは嬉しいわ!」

私とカムデン夫人とのやりとりを聞いていた皆様方も口々に『うちのお茶会でも振る舞っていいかしら?』『うちの子どもたちも喜ぶわ』と笑顔になる。

最初に美味しいと言ってくれたのが、カムデン夫人で良かった。カムデン夫人が『美味しい』と言った物を『美味しくない』と言える人物はここには居ない。
本音七割、お世辞三割だったとしても、今回は成功と言えた。

皆様に手土産として綺麗にラッピングしたジャムを手渡し、私は招待客を笑顔で見送った。

「はぁ……疲れた」

まだ片付けも始まっていない会場の椅子の一つに私はポスンと腰を下ろした。

「お疲れ様でした」

家令が私の目の前にレモン水を置く。

今回の茶会は中庭を会場とした。木陰とはいえ動き回った私の額に薄っすらと汗が浮かんでいるのを家令は見逃さなかったようだ。

「ありがとう」

私はレモン水をクイッと一口飲む。爽やかな香りが鼻を抜け、少しの酸味が疲れた身体に染み渡った。

「あー、美味しい!」

風がサァーッと吹き抜けて木々を揺らす。お陰で私の汗も少し引いてきたようだ。

楽団の団員がカチャカチャと楽器を片付けているのを私はボーッと眺めていた。

「皆様最後まで笑顔でお帰りでしたよ。ジャムも喜んでいただけたようで」

「まずまず成功ってところかしら。ジャムの鮮度が落ちない内にと急ぎに急いだし、準備期間が短かった割には、ちゃんと形になっていたと思うわ」

「正直、あの時間でここまで素晴らしいお茶会が開けるとは……。奥様には脱帽です」

「招待状を出してから開催までが短かったし、もっとたくさんの人に断られると思っていたけど……皆さん出席してくれて、本当にありがたいわ」

「実際……欠席はアリシア様だけでしたね」

「そうね。まぁ、来たくないという人に無理強いしても雰囲気が悪くなるだけだし、出席も欠席も自由たもの」

私がそう言うと、家令は少し言い難そうに口を開いた。

「……私、何となく苦手なんですよね……」

名前は言わなかったが、彼が指し示しているのがアリシア様だと分かる。

「まぁ……人間だもの。苦手な人の一人や二人や三人や……何ならたくさん居るでしょう。でも、レニー様に言ってはダメよ」

私は苦笑いしながら、椅子から立ち上がり大きく伸びをした。そんな私を家令は驚いたように見ている。

「奥様……ご存知で?」

レニー様の気持ちがアリシア様にあるという事を私が知っているのが意外だったようだ。私はそれにははっきりと答えずに言った。

「私にとってはどうでもいいことよ。さぁ!私も片付けを手伝うわ!」

私がそう言って腕まくりをするのを、家令は慌てて「奥様は休んでください!後は我々がやりますから!」と止めた。


「さて、今日もダンスレッスンをいたしましょうか」


レニー様が夜会に出席すると聞いた翌日から、毎晩ダンスの練習中である。正直、最初は散々だったが、一週間もすると、意外とさまになってきた。


「毎日……すまないな、付き合わせて」

「最初より、随分マシになってきましたよ。この一曲が完璧に踊れるようになれば、夜会は乗り切れます」

そう言いながら、私達は最初のポジションを取る。
私の手を握るレニー様。ダンスレッスンを始めた当初は力が入りすぎていて、手を握りしめていたが、やっとふわりと握れるようになってきた。

ピアノで曲が始まり、レニー様の足が動き始める。私はレニー様をさりげなくリードしながら身体を動かした。

「その調子です」

「あ……あぁ」

レニー様は必死にステップを踏む。足元に集中するあまり、段々と顔が下がってきてしまう。

「レニー様、顔」

「あぁ、すまない」

レニー様はハッとしたように顔を上げた。パチっと私と視線が合う。
すると、レニー様はほんの少し頬を赤くして顔を背けた。その拍子にステップのリズムが狂って、私のつま先を踏んだ。レニー様の動きが止まる。しかし、私は咄嗟に握った手に力をキュッと込めて『動きを止めないで』とさりげなくそれを伝えた。
レニー様は私の意図することが分かったように、頷く。私が握った指先でレニー様の手の甲に優しくトントンとリズムを刻むと、レニー様はそれに合わせるようにまた足を動かし始めた。

一曲が終わり、私達は軽く息を整える。

「さっきはすまない。足を踏んでしまった」

「気になさらないでください。夜会でもたとえ足を踏んだとしても、動き続けてくださいね」

「あぁ……だが痛かっただろう?」

「大丈夫ですわ。そこまで体重がかかっていたわけじゃありませんから。夜会で、もしステップを忘れても、私がさりげなくリードしますので安心して下さい」

「……ありがとう。下手すぎて呆れただろう?」

レニー様は照れ隠しのように頭を掻いた。

「この一週間で随分と上達しました。確かに最初は動きがカチカチでどうなることかと思いましたけど」

私がそう言って笑うと、レニー様はまた少し頬を染めた。恥ずかしさを感じているようだ。

「お茶会の準備で疲れていただろうに……レッスンに付き合ってくれてありがとう」

「お茶会は今日で終わりましたから。レニー様こそお疲れでしょうに」

レニー様はレッスンを始めてから、毎日王宮から真っすぐに帰って来て、練習に臨んでいた。やはりそういう所は真面目な性格のようだ。

「いや……自分のためにやっているのだし」

確かにそうだ。貴族のご子息ならダンスの一つや二つ出来て当たり前なのだ。……まぁ、喧嘩したいわけではないので、口には出さない。

「じゃあ、今日はもう夕食にしましょうか」

私も今日はお茶会で疲れた。一曲踊りきったのだし、今日はもうこれで……という気持ちでそう口にしたのだが。

「い、いや。もう一度。もう一度練習しよう」

……レッスンに真面目に取り組んでくれるのはありがたい。ありがたいが、真面目すぎるのも困ったものだ。

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