愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う
第22話
結局、もう一度ダンスレッスンをして、私はヘトヘトになりながら、夕食の席に着いた。
お茶会も終わったし、次の手を考えなければならない。果実酒の為の氷砂糖はおじ様に手紙を書いたが返事待ちだ。これまた高価なものだし、勝負を挑まれるかもしれない。
そんなことを考えながら食事をしていたら、レニー様の話を聞き逃していた。
「── なんだ?」
「はい?あ、すみません、考え事を……。で、ご質問は何でしたか?」
「なんだ、聞いていなかったのか。夜会のドレスは何色なんだ?と訊いたんだ」
そんなこと、家令か執事に尋ねればいいのに……と思うが、大人なので言わない。
「深い緑です」
執事には紫にしないかと言われたが、レニー様の瞳の色のドレスを身に纏うのは抵抗があった。
「緑か……」
「はい。私の髪色に映えると言われて」
私の瞳の色でもある緑は、ブロンドにも映えますよと仕立て屋に言われた。私は流行に乗るより、自分に似合うものを……と注文したのだった。
「そうか、分かった」
何かを考えていたようだったが、レニー様はまた肉を口に運ぶ。話はこれで終わりかと、私もまた食事に戻る。
するとまたレニー様に話しかけられた。
「お茶会はどうだった?」
それも執事か家令に尋ねれば済むのでは?と思うが、そんなことはやはり言わない。
「準備期間が短かったわりには、まずまず成功と言って良いと思います。ジャムも喜んでいただけましたし」
「そうか……。良かったな。君があんなに頑張っていたんだし」
「そうですね。忙しかったな……とは思いますが、達成感の方が大きいです。『また招待して』と言われることが誉れかと」
「今回……初めてお茶会の準備とやらをたまに覗かせて貰ったが……本当に大変なんだな」
「規模にもよりますが、これも妻としての役割の一つですから」
「母上も元気な時には数多くのお茶会を開いていたが……こんなに苦労していたんだな。ただ呑気にお喋りと菓子を楽しんでいるだけかと思っていたよ」
レニー様ならそう思ってそうだな……と納得する。子どもの頃から、あまりそういうことを考えてこなかったのだろう。
「お喋りも大切な情報源ですから。お茶会がご婦人方の社交場であるのは、それも理由です」
「……なるほど情報か」
「噂話にもその中に真実が混じっている場合がありますのよ?ただ、鵜呑みにするのは危険ですけど」
「ご婦人達も大変なんだな」
他人事のように言っているが、これからはレニー様も当主として社交も頑張って貰わなければならない。が、期待するだけ無駄なのかも。世間体の為の結婚の割にはその世間を知らないレニー様だ。
「夜会ではレニー様も社交なさらなければなりませんのよ?」
「あ!そうか!」
今初めて気づいたみたいにレニー様は声を上げた。ダンスにばかり気を取られていたのだろう。
「手助けしますが、あまり私がしゃしゃり出るのも体裁が悪いので……せめてお名前だけでもちゃんと覚えて下さいね」
「……あぁ。それは……多分大丈夫だ」
ちょっとだけ不安になってきた。
そして食事も終盤に差し掛かったその時、執事がレニー様に手紙を持って来た。
「ハルコン侯爵家の使いの者が来まして。……アリシア様のお加減が良くないと」
「アリシアが?」
レニー様はフォークを置くと、その手紙にサッと目を通した。直ぐに立ち上がってアリシア様の元へ向かうのだろうと思っていたのだが── 。
「兄さんは?」
「帰りが遅くなっているようで」
「医者は?医者は呼んだのか?」
「さぁ……それは聞いておりません」
「先ずは医者に診てもらうといい。僕は医者じゃないから、治せるわけじゃない」
私はレニー様の反応を意外に思った。一も二もなく飛び出すだろうと思っていた。
執事が私の顔をチラリと見る。言いにくいことがあるようだ。
「アリシア様が心細くて泣いていると……レニー様の顔を見れば安心するだろうとのことで……」
要はその手紙にレニー様を連れて来いと書いてあるのだろう。使いの者も返事を待っているはずだ。
「レニー様、行って差し上げたらよろしいのでは?最近クラッド様はお忙しいと聞いております。アリシア様も心細いのでしょうし」
私がこう言えば、レニー様も出かけやすいだろう。というか、もうそろそろ私も食事を終えて休みたい。このやりとりも面倒くさい。
「そ、そうか……」
レニー様は立ち上がる。
私は間髪入れずに「いってらっしゃいませ」と笑顔で彼を送り出した。
お茶会も終わったし、次の手を考えなければならない。果実酒の為の氷砂糖はおじ様に手紙を書いたが返事待ちだ。これまた高価なものだし、勝負を挑まれるかもしれない。
そんなことを考えながら食事をしていたら、レニー様の話を聞き逃していた。
「── なんだ?」
「はい?あ、すみません、考え事を……。で、ご質問は何でしたか?」
「なんだ、聞いていなかったのか。夜会のドレスは何色なんだ?と訊いたんだ」
そんなこと、家令か執事に尋ねればいいのに……と思うが、大人なので言わない。
「深い緑です」
執事には紫にしないかと言われたが、レニー様の瞳の色のドレスを身に纏うのは抵抗があった。
「緑か……」
「はい。私の髪色に映えると言われて」
私の瞳の色でもある緑は、ブロンドにも映えますよと仕立て屋に言われた。私は流行に乗るより、自分に似合うものを……と注文したのだった。
「そうか、分かった」
何かを考えていたようだったが、レニー様はまた肉を口に運ぶ。話はこれで終わりかと、私もまた食事に戻る。
するとまたレニー様に話しかけられた。
「お茶会はどうだった?」
それも執事か家令に尋ねれば済むのでは?と思うが、そんなことはやはり言わない。
「準備期間が短かったわりには、まずまず成功と言って良いと思います。ジャムも喜んでいただけましたし」
「そうか……。良かったな。君があんなに頑張っていたんだし」
「そうですね。忙しかったな……とは思いますが、達成感の方が大きいです。『また招待して』と言われることが誉れかと」
「今回……初めてお茶会の準備とやらをたまに覗かせて貰ったが……本当に大変なんだな」
「規模にもよりますが、これも妻としての役割の一つですから」
「母上も元気な時には数多くのお茶会を開いていたが……こんなに苦労していたんだな。ただ呑気にお喋りと菓子を楽しんでいるだけかと思っていたよ」
レニー様ならそう思ってそうだな……と納得する。子どもの頃から、あまりそういうことを考えてこなかったのだろう。
「お喋りも大切な情報源ですから。お茶会がご婦人方の社交場であるのは、それも理由です」
「……なるほど情報か」
「噂話にもその中に真実が混じっている場合がありますのよ?ただ、鵜呑みにするのは危険ですけど」
「ご婦人達も大変なんだな」
他人事のように言っているが、これからはレニー様も当主として社交も頑張って貰わなければならない。が、期待するだけ無駄なのかも。世間体の為の結婚の割にはその世間を知らないレニー様だ。
「夜会ではレニー様も社交なさらなければなりませんのよ?」
「あ!そうか!」
今初めて気づいたみたいにレニー様は声を上げた。ダンスにばかり気を取られていたのだろう。
「手助けしますが、あまり私がしゃしゃり出るのも体裁が悪いので……せめてお名前だけでもちゃんと覚えて下さいね」
「……あぁ。それは……多分大丈夫だ」
ちょっとだけ不安になってきた。
そして食事も終盤に差し掛かったその時、執事がレニー様に手紙を持って来た。
「ハルコン侯爵家の使いの者が来まして。……アリシア様のお加減が良くないと」
「アリシアが?」
レニー様はフォークを置くと、その手紙にサッと目を通した。直ぐに立ち上がってアリシア様の元へ向かうのだろうと思っていたのだが── 。
「兄さんは?」
「帰りが遅くなっているようで」
「医者は?医者は呼んだのか?」
「さぁ……それは聞いておりません」
「先ずは医者に診てもらうといい。僕は医者じゃないから、治せるわけじゃない」
私はレニー様の反応を意外に思った。一も二もなく飛び出すだろうと思っていた。
執事が私の顔をチラリと見る。言いにくいことがあるようだ。
「アリシア様が心細くて泣いていると……レニー様の顔を見れば安心するだろうとのことで……」
要はその手紙にレニー様を連れて来いと書いてあるのだろう。使いの者も返事を待っているはずだ。
「レニー様、行って差し上げたらよろしいのでは?最近クラッド様はお忙しいと聞いております。アリシア様も心細いのでしょうし」
私がこう言えば、レニー様も出かけやすいだろう。というか、もうそろそろ私も食事を終えて休みたい。このやりとりも面倒くさい。
「そ、そうか……」
レニー様は立ち上がる。
私は間髪入れずに「いってらっしゃいませ」と笑顔で彼を送り出した。