愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第25話

「アリシア様が?」

執事が私に手紙を寄越した。差出人はアリシア様だ。

「はい。お茶会を欠席したお詫びだと」

「これって会員制のクラブ?」

「そのようです」

私は手紙に同封されていた招待状をよくよく確認する。

「男性方の社交クラブの話をよく聞くけど、女性用……?」

「マドリー公爵夫人が会長のようです」

マドリー公爵夫人か……。私の苦手とするご夫人だ。
マドリー公爵の後妻で随分と若く派手好きなご夫人だ。公爵との歳の差が確か三十歳以上だった気がする。
そのマドリー公爵夫人とアリシア様に交流があったことも驚きだ。

「アリシア様はマドリー公爵夫人と交流が?」

「私がハルコン侯爵家で働いていた時でしょうか……確か二、三度マドリー公爵夫人主催のお茶会の招待を受けられていた記憶があります」

「ふーん……。マドリー公爵夫人ね。私は今まで殆ど接点がなかったのだけど……」

マドリー公爵夫人は差別主義者だ。交流を持つのは侯爵以上の家門か、伯爵位でも金持ちや歴史ある家門の人間しか相手にしない。うちの実家は中流伯爵家。彼女の視界にも入ることもなかった……今までは。

「断る……のは不味いわよね」

「………」

執事もどう答えるべきか悩んでいるようだ。しかし身分的にも私が断るのは不可能だろう。

「分かったわ。お返事を書くから」

「畏まりました」

私が引き出しを開け便箋を取り出すと、執事は少しだけホッとしたような表情になった。


「レニー様、明日のダンスレッスンは中止です」

アリシア様からの突然の誘いを受けてから一週間。明日はそのクラブに顔を出さなければならない。会員の推薦がないと入れないクラブだと言う話だが、どうも気が乗らない。

「え?どうして?」

もうレニー様もレッスンは必要ないほどには踊れるようになった。別に毎日しなくても良いのでは?と思うのだが、生真面目に王宮から真っすぐ帰宅するレニー様に『もうレッスンは止めましょうか』と言ったが『まだ自信がない』と断られてしまった。しかし明日は無理だ。

「アリシア様にマドリー公爵夫人のクラブにご招待されておりまして」

「マドリー公爵夫人……あぁ、あの香水臭い女か……で、アリシアに誘われたのか?」

レニー様の記憶に残るマドリー公爵夫人……しかも覚えられ方が独特だわ。

「ええ。先日のお茶会を欠席したお詫びに……と。せっかくのお誘いですから」

気は乗らないけど……と内心付け加えた。

「アリシアとマドリー夫人が仲良くしてるとは知らなかったな……。それ、夜じゃなきゃダメなのか?」

「クラブが開かれるのは夜ですわ」

レニー様が貴族男性の通う社交クラブへ顔を出しているということは聞いたことがない。……そもそも、彼が他の当主達と領地経営などを語り合っている様子も想像できないが。

「そうか……。まぁ、仕方ない」

何が?何が仕方ないの?なんでちょっと不貞腐れてるの?……あぁ、なるほど。大好きなアリシア様に誘われたのが、私だから気に入らないのね。仕方ないじゃない、女性専用のクラブですもの。

「私も女性専用の社交クラブなど、初めてですので勝手が分かりませんが……一応楽しんできます」

つい『一応』って付けちゃった。消極的かつ後ろ向きなのがバレてしまう。また『せっかくアリシアがお詫びといっているのに、その態度はないだろう!』なんて言われちゃ、かなわない。

「あぁ、うん。まぁ、いいんじゃないか?偶には」

そう言ってレニー様はまた夕食を再開させた。私としては面倒くさいこと極まりないが、マドリー夫人に馬鹿にされない程度のドレスとアクセサリーを準備しなくちゃ……と、明日の装いに頭を頭を悩ませ、小さくため息をついた。






そのクラブは王都の郊外にあった。

立派な門構えには屈強な男の門番が出席者の招待状をくまなくチェックしていた。

「ここはセキュリティがしっかりしてるの。選ばれた人しか入れないのよ?」

アリシア様のデコルテを大きく出した薄い水色のドレスの裾が風でふわりと浮いた。いつもは少女の様なアリシア様だが、今日は少し大人びた装いだ……まぁ、元々大人なんだけど。

「そんな場に私などが参加させていただいて良かったのでしょうか?場違いな気が……」

「大丈夫。会員の私が招待したんですもの、貴女も入れるわ。それにここにはあまり身分は関係ないの」

「はあ……」

ここに入りたいわけじゃないのだけれど……。そう言いたいのをグッと我慢する。アリシア様の面子を潰すわけにもいかない。それにしてもあの差別主義者のマドリー夫人が身分に拘らないなんて……信じ難い。

物々しいチェックの後、私達はその屋敷の扉の前に来た。入ると受付らしき所に黒いタキシードの美丈夫な男性が立っている。

「お待ち申しておりました。お帰りなさいマダム」

その男性はアリシア様にそう挨拶すると、次に私の前に紙とペンを差し出した。

「これは……?」

誓約書と書かれた文字が目に飛び込んでくる。


「ここで見たもの聞いたことは一切他言無用。ドロレス様のお決めになった規則でございますので」
ドロレス·マドリー。このクラブの主催者。
横からアリシア様が言葉を添える。

「ほら、旦那様の愚痴とか、他人の陰口とか……この場限りの方が良いでしょう?ここなら安心してストレス発散出来るっていうわけなの」

別にレニー様の愚痴を言うつもりも、他人の悪口を言うつもりもない。

「誓約書まで……?」

大袈裟だと思われる対応に私は嫌な予感にも似た感情を抱いた。

「これは皆に心から楽しんで貰うためのドロレス様の心遣いよ。他人の目を気にせず息抜き出来る場が私達には必要なの。ね?そう思わない?」 

『私達』と一括りにされたくない。私がペンを取ることも躊躇っていると、それに苛ついたようなアリシア様がペンをひったくるように男性から奪った。そして、その誓約書にサラサラっと私の名をサインする。

「え?」
私が驚いて何も言えずにいると、その男性から二つのマスクが手渡される。仮面舞踏会などで着ける目元を覆うアレだ。

「はい」

アリシア様は何の説明もなく、私にそれを渡すと、自分は躊躇いなくそのマスクを着けた。

私がその全てに戸惑っていると、アリシア様が扉の前で振り返る。

「ほら、さっさと着けて!それから、ここから一歩でも中に入ったら、私のことは『アリー』って呼んで。間違ってもアリシアなんて呼ばないでね」

「え?は?アリー?」

「そうよ。貴女のことは……そうねぇ、デビィとでも呼ぶわ」

「な?デビィ?」

もう話の内容が全く掴めず、私がモタモタしているうちに、その扉は開かれた。

< 25 / 49 >

この作品をシェア

pagetop