愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第26話

豪華な調度品に彩られた吹き抜けのホールには多くのテーブルに長椅子。その各々にマスクを着けた女性と黒のタキシードを着た男性が密着した状態で座っていた。よく見れば男性が二人、三人に女性が一人……というパターンもあるようだ。
だが、その距離感が……まぁ、なんと言うか……恋人同士のソレと言うか、なんと言うか。

私はそこから一歩も動けずに居た。そんな私に構わずアリシア様はサッサと先に歩いていく。あ……アリー様だった。

彼女が私より数歩離れた所で、黒いタキシードの男性がアリシア様に小走りで近づいて来た。

「アリー!どうして最近会いに来てくれなかったの?君に会えなくてすごく、すごく寂しかったんだから」

「ケイン、前にも言ったでしょう?そんなに頻繁には来られない……って。使用人の目もあるし……」

「わかってる。わかってるよ……でも君に会えなくて寂しい気持ちは何をしていても埋まらなくて……」

薄茶色の柔らかそうな髪に青い瞳のケインと呼ばれたその男性も、かなりの美丈夫だ。……というかここにいるタキシードの男性、全員がもれなく美丈夫という状況。

ケインという男性が項垂れているのを、アリシア様は目を細めて眺めている。彼女の白く細い指は彼の髪を撫でていた。

唖然としてその様子を見つめている私の背後から、耳元に声が掛かる。

「新入りさん?」

「わっ!びっくりした!」

突然のことで、私は思わず声を上げてしまった。振り返ると、背が高い赤毛の男性が少しかがむようにして立っていた。もちろん美丈夫だ。

「ごめん、ごめん。驚かせちゃった?」

「あ、いえ、すみません。私の方こそ大きな声を上げてしまいまして……」

「あ!ここでは、そんな風に堅苦しい話し方はなし!もっとフランクでいいよ。……君はアリーの知り合い?」

私がその男性の視線を追うと、アリシア様はケインという男性に腰を抱かれ、長椅子の方へと移動している最中だった。アリシア様はケインの胸元に頭を預けるようにして歩いている。……そんなに密着して歩きにくくないのかしら?


私がそれを目を丸くして見守っていると、いつの間にか、赤毛の男性が私の直ぐ横に立っていてギョッとする。

「えっと……まぁ……」

ここではアリーと呼べと言われているので、彼女との関係を詳しく話さない方が良いのかと思い、私は口籠る。

「ここは上位メンバーの人からの紹介がないと、入れないからね」

「上位メンバー?」
その言葉が気になって、私は無意識に聞き返していた。

「そう。ここにはメンバーに位があるんだ。ここにどれだけ貢献しているか……謂わばどれだけお金を使ってくれているか……それによって位がどんどん上がっていくってわけ」

「じ、じゃあアリー様は上位メンバーということ?」

「そうだね。彼女はここのお得意さんだ。だから君もここのメンバーになれた。……君、名前は?」

この赤毛の男性は結構口が軽そうだ。色々と聞いてみたい気持ちもある。だがしかし、ここの仕組みが分かったからには、この場を去るという選択肢しか私には残されていない気がした。

「あ、あの……私、ちょっと用事を思い出しましたの。なので、そろそろお暇しようかと……」

「あ~ダメダメ!ここに来たら誰かを指名して、最低でも三時間は居なきゃダメなんだ。規則だよ。誓約書にも書いてあったでしょ?」

クソッ!誓約書というインパクトに固まってしまって隅々まで読む前にアリシア様にサインされてしまったのだった!

「指名って……」

「ここに居る男性なら、誰を指名しても構わないけど、女性と一対一で話してる人はダメ。喧嘩になっちゃうからね。もし君の好みがまだ見つからないなら、俺なんてどう?」

頭が痛くなってきた。とにかく三時間。三時間我慢すれば帰ることが出来るらしいので、私は覚悟を決める。

「じゃあ……貴方でいいわ。私はデボ……デビィ。貴方は?」

「俺の名前はフリオ。じゃあ、あそこのテーブルに行こうか」

フリオが、私の腰を抱こうとするのを、するりと躱す。

「アハハ。そんな警戒しなくて良いのに……せっかくなんだから楽しもうよ」

最後の『楽しもうよ』を耳元で囁かれ、私は鳥肌が立った。


長椅子に案内された私は長椅子の少し端に座る。するとフリオは私の直ぐ側に腰掛けた。今日のドレスは広がりを抑えたスカートであったため、足をしっかりと閉じていなければ、膝が触れ合ってしまいそうだ。

私はもう少し端へと座り直す。しかし、フリオもそれに倣って座り直した。私達の距離は変わらず、正直居心地が悪い。私はチラリと横を見る。もうそこには肘掛けが迫っているが、私はギリギリまで端に寄る。しかし、フリオはまたそれに倣って私に近付いた。

「アハハ、無駄だよ。君が逃げても俺は逃さないから」

……ダメだ。鳥肌が止まらない。

「あまり近すぎると話し難いわ」

「俺は気にならない」

私が気にするってっば!しかし、もう私に逃げ場がなかった。

「さて……何を飲む?」

「レモン水を」

「あれ?お酒飲まないの?それとも飲めない?」

「あまり得意じゃないわ」

嘘だがここでお酒でも飲もうなら、いくらふっかけられるか分かったものではない。

「そんな警戒するなって言っただろ?」

フリオがおかしそうに笑う。……私はそんな気分ではないが。フリオが近くのボーイに声を掛ける。ボーイはタキシードではなく、白いシャツにベスト、黒いトラウザーズを着用しているようだ。女性を相手する男性との差別化を図っているのかもしれないが、そのボーイとて美丈夫で驚く。

「ここは……何なの?」

飲み物が来る前に、私は率直に尋ねた。この男は口が意外と軽そうだ。

「あれ?ここの事は何も知らずに来たの?」

「招待を受けたから……断ることが出来る立場にないの」

私がそう言うと、フリオは少し考えるように視線を上に向けた。

「ふーん……そっか。じゃあ、君は困っていないってこと?」

困る?それってどういう意味なんだろう?私は首を傾げて固まる。

「端的に言うと旦那との夜の営みが無くて寂しくて困ってないかってこと」

「なっ!……それって。ここってそういう場所ってこと?貴方達は所謂……男しょ」

「おっと!ここでその呼び方はご法度だ。俺達のことはヒーラーって呼んでくれ」

「ヒーラー?」

「そう。姫たちの寂しさを癒すヒーラー。だけど、勘違いしないでくれ。別に体を満足させるだけじゃない。心も満足させる。それが俺達の役割だ」

とんでもない所に来てしまった。

「わ、私は別に寂しくもないし、癒してもらいたいわけではないわ」

「ふーん……君は見た目は物凄く色っぽいし、美人だけど……なんとなく、いやらしい感じがしないんだよなぁ……本当に旦那に相手にされてる?」

鋭い。幾多の女性を相手にしているから、そういう感覚が研ぎ澄まされているのだろうか。

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