愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第49話 Sideレニー

〈レニー視点〉

デボラと向かい合って馬車に乗る。

バザーに参加したのは初めてだったが、とにもかくにも忙しかった。
猫の手よりはましだったと思うのだが、片手を負傷した自分では、思うような手伝いが出来なかった。
剣の稽古でボーッとするなんて……自分でも馬鹿なことで怪我をしたと思う。……情けない。

デボラは窓の外の流れる景色を見ていた。何となく声をかけるタイミングを失った僕は、彼女の美しい横顔を見ていることしかできなかった。

屋敷に戻ったら……デボラは僕と何を話すつもりなのだろう。
何度謝罪をすれば、僕のことを許してくれるのだろうか。
僕は初夜の自分の発言を思い出して、自分の頭を掻きむしる。僕はなんて事を言ってしまったのだろう。今更……撤回なんて勝手な言い分だと思われるだろうが、それでも僕は彼女に許しを乞いたい。
あぁ、これからのことを色々考えると不安で胸が潰れそうだ。

そんなことをモヤモヤと考えながら、また僕はデボラの顔を見る……おや?
窓枠に肘を乗せ、頬杖をついていたデボラはいつの間にか目を閉じていた。もしかすると……寝てる?

そう言えば、家令が言っていた。今日のバザーの準備も、新しく開く店のことも、全てデボラが一手に引き受けている……と。朝早くから夜遅くまで、彼女の部屋の灯りが消えることはないと。

ガタガタと揺れる馬車の中、彼女の瞼はしっかりと閉じられたまま、すっかり寝入っているようだ。

「疲れたんだな」
僕は彼女の寝顔を見て無意識に顔をほころばせた。無防備な彼女を見るのは、初めてかもしれない。

馬車は少し石の多い道を通っているようだ。さっきまでより大きく馬車が跳ねる。
デボラの頭がカクカクと揺れている。その時、さらに大きく馬車が揺れ、デボラの体が大きく傾いた。

「おっ……と」
僕は咄嗟に立ち上がって彼女の体を腕を伸ばして支えた。
しかし、まだ彼女は眠ったまま。

「どんだけ寝不足だったんだよ」
僕は彼女の体を支えたまま、そっと隣に腰を下ろす。そして自分の肩に彼女の頭を乗せるようにしてから、手を離した。

僕の肩に彼女の温かい重みを感じて、心がじんわり温かくなる。
ブラシェール伯爵家の事を真摯に考えて努力してくれている彼女に素直に感謝した。

僕は……アリシアのどこが好きだったんだろう。
デボラの寝顔をこっそりと見ながら考える。

……あぁ、こんな僕のことを頼ってくれたからだ。兄さん程優秀でもなく、体が丈夫なことぐらいしか取り柄のない僕を、アリシアは必要としてくれた……ような気がしていた。まぁそれも勘違いだったのだが。

「誰かに……認められたかったのかな」

ポツリと独り言たその言葉は、ガタゴトと揺れる馬車の車輪の音に吸い込まれて消えた。


「う……ん……」
もう少しで屋敷に到着する頃に、デボラが身動ぎしてゆっくりと目を開けた。

隣に居た僕を見上げてギョッとする。

「あ、も、申し訳ございません。私、寝てました?」
僕の肩にあった彼女の温もりが離れていくのを、寂しく思う自分に苦笑いだ。

「毎日準備で大変だったんだろ?疲れていたんだな」

「え……ええ。少し」
彼女は寝起きだからか、少し舌っ足らずな話し方だ。

「レニー様、重くなかったですか?あの……私、もたれかかってて……」

「ぜ、全然大丈夫だ。一応鍛えているから」
心の中で『何が一応だ。それぐらいしか取り柄がないだろ』と自分自身で突っ込む。

「それなら良かった」
フニャっと彼女は微笑んだ。その顔が可愛すぎて胸が痛い。
いつもの彼女はキリッとして凛とした女性だが、今日は疲れと眠気からか少し幼い雰囲気だ。

馬車は静かに屋敷の前に停まる。

「着いたみたいだな」
僕の声が上擦っているのは、彼女からレオについて何の話をされるか不安なのか、それとも今更自分の気持ちを自覚した間抜けな男を隠したいだけなのか。

「あ、本当ですね」

御者が馬車の扉を開く。僕は先に降りてデボラに手を差し出したが、彼女はその手を取ることを躊躇った。僕の手に触れたくないのかもしれないと思うとショックで言葉が出ない。

「あの……手は大丈夫ですか?」
その時僕は初めて、自分の差し出した手が怪我をしている方の手だと気付いた。差し出された三角巾に吊られた手と僕を見比べるデボラ。彼女が躊躇った理由がわかった途端に僕はホッとした。

「あ、ああ……すまない」
僕は扉の反対側に周り、怪我をしていない方の手を差し出す。彼女は微笑んでその手に自分の手を重ねた。

彼女の言動に一喜一憂する自分か情けない。人は恋をすると……こんなにもくだらない人間になるのだと思い知った。

結局、その日デボラは疲れてしまったようだと言って夕食も食べずに部屋へと戻っていった。

あのレオとかいう女性とデボラの関係は気になるが、話を聞くのも少し怖い気がする。

僕も今日は食事を部屋へ運んでもらうことにした。
利き手を怪我している僕は、食事も時間がかかる。食堂で独り食べるのも寂しいものだ。

「旦那様」

フォークで肉を口に運んでいる僕に執事が声をかけてきた。

「何だ?」

「実は……少しお耳に入れておきたいことがありまして……」

執事は躊躇いがちに口を開いた。

「話してみろ」
僕が促すと、執事は殊更低い声で内緒話をするように話し始めた。

「実は、奥様が平民の男と懇意にしているという報告が── 」

直ぐにあのレオのことだと気付く。僕はチラリと執事の顔を見るが、何も言わなかった。執事は僕が何も反応しないことなど気にもせずに続ける。

「少し前にその事実を知りまして……少しその人物について調べたのですが──」

「もう、いい」
僕は執事の話しを遮りフォークを置いた。
執事の口からはこれ以上の話しを聞きたくない。

「旦那様……」

「その人物についてはもう把握している。お前が気にする必要はない」

「そんな!奥様はこのブラシェールに泥を── 」

「黙れ。聞こえなかったか?僕はそれを把握している。デボラはそんな女性ではない」

あのレオとやらにも事情があるようだから、ここで彼女が女性であったことを執事にも言うつもりはなかった。

全てはデボラから話しを聞いた上で判断するつもりだ。
執事は不満そうに顔を顰めたが、それ以上は何も言わずに部屋を出て行った。
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