愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第48話

レオは私の背後に立つ人物に気付き頭をペコリと下げた。

「はじめまして、レオナ── 」
レオが挨拶しようとした途端、レニー様はあっと言う間にレオの前まで移動していた。
レニー様は吊っていない方の手でレオの肩をガッと掴んで言った。

「お前がレオか?」

低く地の底を這うような声にレオは顔を青くする。少し声を震わせながら答えた。

「は、はい……。デボラ様にはお世話に──」

私はただならぬ気配を感じ、レオとレニー様を引き剥がすつもりで、レニー様の肩に手をかけようとしたその時だった。

「頼む!デボラを返してくれ!」
レニー様はその大きな体を折りたたむ様に頭を下げ、そう叫んだ。

私の手は置くべき場所を失って空に漂う。レオはレニー様の声に圧倒され、目を白黒させていた。
レニー様は続ける。

「僕は良い夫ではなかった。だが、デボラが居なければダメなんだ。気付いたんだ……情けないことに今更、自分の気持ちに気付いたんだ」

唖然としていた私はその言葉に我に返る。

「レニー様、何を── 」
すると、レニー様は今度は私に向き直ってまた、深々と頭を下げた。

「すまなかった。君を何度も傷つけたし、僕は至らぬ所ばかりだった。だが……撤回させてくれ。愛人を作っていいと言った言葉を」

「愛人……?」
その言葉にレオも我に返ったようだ。そう言って首を傾げた。その様子に私は慌てて言った。

「レニー様、頭を上げて下さい!それにこんな所でそのような事を── 」

バザーの会場から離れたこの場所には他に人は居なかったが、誰がどこで何を聞いているか分からない。

「いや!君が許してくれるまで……そしてこのレオと別れると言ってくれるまで、僕は何度も謝り続ける!」

「レニー様、レオとはそんな関係ではないと言ったではないですか」

そう言ってもレニー様は一向に頭を上げてくれない。

レオも恐る恐るといった風に口を開く。

「デボラ様とはそんな関係では……」

「デボラ、許してくれ!あの夜に言った言葉も撤回する!僕が愛しているのは──」

これ以上、こんな場所で痴態を晒し続けるわけにはいかない。

「許します!許しますから!」

「なら、こいつとも別れてくれるな?」

やっとレニー様は私の様子を窺うように、顔を上げた。しかし体はまだ折れ曲がったままだ。

「別れるもなにも……レオは……女性です」

私はため息をつきながらそう小さな声で言った。

レニー様が目を見開いて、勢い良く姿勢を正した。レオも顔を青くさせる。

「デボラ様……ご存知だったので……」
「女!?」

二人の声が重なる。私は何だか頭が痛くなり、こめかみをもみながら言った。

「レオ、きっと貴女にも事情があるのだろうと黙っていたけれど、最初に会った時から、気づいていたの。黙っていてごめんなさい」

きっとあの社交クラブで働く為に嘘をついたのだろう。男性にしては小柄だが、短髪の彼女は綺麗な青年に見えた。

レニー様はまだ動揺しているのか、レオの姿を何度も上から下へと視線を走らせ確認していた。


「おんな……?その割には胸がペチャ── 」
失礼なことを口走りそうなレニー様のそばに近寄り、脇腹を突く。

「レニー様!」
私が嗜めると、レニー様はしまったといった風に口を噤んだ。

レオは自嘲気味に笑う。そして私に向き直ると頭を下げた。

「騙してすみません」

「騙されたなんて思っていないわ」

ブルーノに似た彼女が気になったのは、彼に似ていたからだけではなく、女性なのに男性を装って危険な場所で働いていたからだ。あの場所で働いていたのが女性だとバレてしまったら、大変だろうと……。

そんな私達の間にレニー様が口を挟む。

「で、二人はどこで知り合ったんだ?」

私とレオは顔を見合わせ苦笑した。ここであの社交クラブのことを口にする事は出来ない。
その様子にレニー様は少し不機嫌そうに顔を顰めた。

「やはり疚しいことが……?」

「レニー様……後できちんとお話します。今はバザーが優先。そろそろ午後の部が始まりますし」

レニー様は渋々といった感じで頷いた。レオは焦ったように私に言った。

「あの……俺のことは……」

「もちろん言わない。でも……私、レオに頼みたいことがあるの。ここで会ったのも神様の思し召しだわ。……近々うちの屋敷に来てくれるかしら?」

私の言葉に慌てたのは、レニー様だ。

「まさか、また二人で?!」

女性だと説明したのに……呆れてしまうが、ここで揉めるのも時間がない。

「レニー様にも同席していただきますから。レオ、どうかしら?」

「自分に出来ることがあるのなら。デボラ様にご恩返しもしたいので」

ご恩なんて大層なことはした覚えがないが、私はそこで話を切り上げることにした。

「良かったらお店覗いてみてね」
私はそう言って手を軽く上げた。そろそろ店に戻らなくては。レニー様も見つかったことだし。

「はい!シルビアを連れて行きます!」

レオは元気良くそう言うと小さく手を振った。
私はレオをその場に残し、さっさとバザー会場へと向かう。後ろから慌ててレニー様がついてきた。

「なぁ……デボラ、僕も話が──」

私はピタリと足を止めて振り返る。

「お手伝いに来てくださったんですよね?ならば、さぁ、戻りましょう。皆が心配します」

私はまた彼に背を向けて歩き出す。……というか、あの手でどうやって手伝う気だろうと不思議に思わなくはない。

結局、午後からも店は大盛況だった。
レオもシルビアを連れて店にやって来た。シルビアはパウンドケーキと、いちご飴を大事そうに抱え、笑顔で私に手を振ってくれた。さっきまでレオの影に隠れていたというのに、子どもの表情はコロコロと変わる。

結局、売るものが無くなったことで、私達は予定より早く店じまいをする事になった。

「忙しかったな」
片手でも一生懸命に手伝ってくれたレニー様の額にはじんわりと汗が滲んでいた。私はそっとハンカチでそれを拭う。

「ありがとうございました。猫の手も借りたいほどでしたので」

「猫の手よりは役に立っただろう?」

嬉しそうに言うレニー様に私は微笑んだ。
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