愛人を作ってもいいと言ったその口で夫は私に愛を乞う

第7話

「ハロルド……貴方は領民達の気持ちを良く理解してくれているのね」

「理解しているというか……僕がここの出身だからです」

私は彼の言葉に合点がいった。今の言葉はハロルド自身の言葉だったのだと。

「そうだったの……ご両親は?」

「この領地で農作物を……果物を作っています。しかし、果物は王都で売れない。この領内で売って細々と暮らしています」

ハロルドの瞳は寂しそうだった。

「王都では売れないって何で?」

「ここに来るのに随分と馬車が揺れませんでしたか?」

ハロルドにそう言われ、私はここまでの旅路を思い出していた。

「……確かに。途中随分と悪路が続いていたわね。この領に入る前だから……あそこは王家の土地かしら?」

荒れ果てた場所を通り抜けた記憶がある。確かあの場所は王家の管理している土地のはずだ。

「そうです。あそこには人もいないし、誰も手を加えていない、放っておかれた場所なのです。王都からこの領地に来る場合、あそこを突っ切るのが一番早い。しかし果物はデリケートでして。あの悪路では果物同士がぶつかり合って傷が出来てしまう。傷のある果物は見栄えも悪いし、そこから悪くなっていきます。なので、果物を王都で売ることは諦めたのです」

なるほど……。元々あまり長持ちしない果物は、些細な傷でも売り物としては難しいということらしい。


「色々と難しいのね」

「この領地は元々果樹園が多くあったんですが……そういった理由で少しずつ減っていきました。先ほど言った王家の領地も王家が持つ前までは領主がいて、領民もいました。そこに果物を売って生計を立てている農家もいましたが、今はすっかり……あの通り荒れ放題ですからね」

あの土地も没落した貴族の持ち物だったということか……。


「よくわかったわ。では、次はこの領地を見て回りたいんだけど……」

「では直ぐに馬車を用意して……」
そう二人で話している所に、ノックの音が響く。

「はい」

私の返事に顔を覗かせたのはシェルダーだった。

「お仕事のお話に熱心なのも良いですが、昼食にしませんか?」

気づくと既に昼を随分と過ぎていた。私とロベルトは顔を見合わせ、苦笑した。


昼食を終えると、私とハロルドは馬車に乗り領地を見て回った。
それだけでなく、私は一軒一軒、馬車を降り挨拶をして回る。

「はじめまして、デボラです。領主の妻として皆さまのお力になりたいと思います」

私が挨拶をすると、皆笑顔で迎えてはくれるのだが、やはりその顔には活気が見られない。

「何かお困りごとはないですか?」

「いえいえ……そんな、奥様にお願いするようなことは何も」

そんなやり取りは他の家でも続いた。

「特に何も」「奥様にしてもらうようなことは何一つ……」
そんな風に皆口を揃えて言った。

夕暮れが迫る。私たちはまだ領地の三分の一も回れていなかった。

「残りはまた明日にしましょうか」
私がハロルドに言うと、彼は頷きながらも私に言った。

「しかし……一軒一軒回る必要はあったのでしょうか?そんな人、領主でもいませんよ」

「じゃあどうやって私のことを知ってもらえばいいの?どこかの広場に集めてお披露目する?それに領主不在なのにパレードのように練り歩くのも何だか偉そうだし」

「実際偉いじゃないですか」

「たまたま貴族に生まれただけよ。そのお陰で学問を学び、知識を得ただけにすぎないわ」

「いえいえ。貴族と平民。そこには越えられない高い壁があります。だから威張ってていいんですよ」
ハロルドはそう言うと、馬車の窓から外を眺めた。ハロルドは平民だ。私の知らない苦労がきっとあったのだろう。

「権力を持つということには責任が伴うわ。その責任を全うした者だけが偉そうにして良いのよ。何もしない者にはその権利はないの」

私の言葉にハロルドは窓から視線を外すと私の目をじっと見た。

「奥様……貴女は私が今まで出会った貴族とは一味違うようですね」

「そう?……でも私もこの考えに至ったのはある人のお陰よ。その人の受け売りだわ」

私はブルーノのことを思い出す。キラキラした瞳で、領民を幸せにしたいと言っていた彼を。

「では……その人は今の奥様に大きな影響を与えたんですね」

「そうね。それは間違いないわ。……大切な人だったから」

私もまた窓の外へと目を向けた。遠く沈む夕日にブルーノを想いながら。

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