ガラスの壁を越えて

第1章 影のオフィス

東京の中心部に位置する高層ビル。そこに本社を構えるIT企業「ネクストビジョン」は、現代のオフィスライフを象徴する場所だった。ガラス張りの壁越しに広がる街の景色は、常に変化するデジタル社会を映し出していた。リモートワークが普及した今、社員たちは週に数日だけオフィスに集まり、残りは自宅からオンラインで業務をこなす。だが、そんな柔軟さが、逆に人間関係の微妙なすれ違いを生むこともあった。
晶菜（あきな）は、この会社の経理部に所属する28歳のOL。黒髪を肩まで伸ばし、いつも地味なブラウスとスカートを着て、控えめなメイクで出勤する。彼女はレズビアンだったが、それを誰にも明かしていなかった。会社では「普通の女性」として振る舞うのが精一杯で、引っ込み思案な性格がそれを助長していた。根暗と言われることもあるが、仕事熱心さは誰にも負けない。数字を扱う業務でミスを許さず、締め切り前に完璧に仕上げるのが彼女のプライドだった。
同僚の晶乃（あきの）は、営業部所属の27歳。明るい茶色の髪をポニーテールにまとめ、いつもエネルギッシュに動き回る。彼女のライフスタイルは晶菜とは正反対だ。朝はジムで汗を流し、仕事後はSNSでフォロワーと交流し、週末はパーティーや旅行を楽しむ。晶乃はストレートで、過去に何度か男性との交際経験があったが、今は仕事に集中していると言っていた。
そして、もう一人の同僚、晶来（あきら）は人事部所属の29歳。ショートカットが似合うクールビューティーで、社内のムードメーカー。彼女はバイセクシャルだが、それをオープンにしているわけではなく、親しい友人だけに話すタイプ。晶来は晶菜と晶乃の橋渡し役になることが多く、三人でランチに行くこともあった。
この三人が出会うきっかけは、社内のプロジェクトチームだった。会社が新システムの導入を進め、経理、営業、人事の連携が必要になったのだ。初回のミーティングで、晶菜は晶乃の笑顔に心を奪われた。晶乃の声は明るく、アイデアを次々と出す姿がまぶしかった。「あきなさん、経理の視点から見てどう思う？」と晶乃に聞かれ、晶菜は慌てて頷くしかなかった。心の中で、彼女の名前の響きが自分のものに似ていることに、奇妙な親近感を覚えた。
しかし、障壁はすぐに現れた。晶菜の引っ込み思案な性格が、会話のチャンスを逃す。オンライン会議では、晶乃の画面がいつも賑やかで、背景に映るおしゃれな部屋や、時折入る通知音が、晶菜のシンプルな生活とのギャップを強調した。晶菜は一人暮らしのアパートで、夜は本を読んだり、仕事の残りをこなしたりするだけ。晶乃のような社交性がない自分を、惨めに感じた。