アオハルAssortment
『さよなら、バイバイ。もう好きじゃない』
昔むかし、ある所に、典型的な不良と真面目少女が居ました。
典型的な不良君は、親の不仲が原因で荒れていました。授業は寝ているかサボる。髪を派手に染め、ピアスを開け、夜は家に帰ってきません。クラスメートは誰1人喋りません。
真面目な少女は学級委員長でした。中学生活最後に、クラスメート全員が仲良くなって欲しいと思い、皆が怖がる不良君に話しかけていきました。
不良君もいつしか、少女に心を許していました。
彼が初めて学級委員長と話しているときに笑うと、それはとても幼くそして綺麗で委員長の心を奪いました。
けれど、突然姿を消しました。
親の離婚で卒業間近に引っ越してしまったのです。
……学級委員長に何も言わず。
そんな2人が数ヶ月後、高校で再会してから、恋に落ちるのです。
金髪に染めていた髪は、大人しい茶髪になって、沢山開けていたピアスは、オシャレに右耳に一個だけになっていた。
黙って消えた彼に、私はなんて言葉をかけようか迷っていると、彼の方から笑ってくれた。
「運命、だね」
「へ?」
「同じ高校で、同じクラスで、席が隣なんてさ。もう委員長と会えないって思ってたから、運命だよ」
名字が変わったおかげだ、ラッキー♪
そう穏やかに笑う彼は、トゲトゲしていた数ヶ月前とは別人でした。
こんなキザったらしい台詞まで吐ける人だったなんて……。
「運命だから諦めて、俺と付き合っちゃおうね」
そう、皆がいる前で飄々と告げた。
恥ずかしくて恥ずかしくて、泣きそうだったけれど、
私もいつしか諦めていた。
ずっとずっと、好きだったから。
***
「見てよ、この詐欺プリ。もう彼氏の原型残ってないわ。私とか美少女すぎる」
「それな」
「でも恋人限定半額デーは、恋人かどうか確認にプリクラ見せてっていう場合があるらしい」
「うわ、急にバイトとかあやしい」
皆の浮いた会話がうらやましくて、ぼーっとただただ空を眺めていた。
「ねー、委員長は進路どうするのー?」
中学からのあだ名に何も疑問がないまま私は、少し悩んだふりをする。
中学からの友人だからこそ、許せる。
「とりあえず大学行くかな」
「じゃあ進学コースだねー。同じクラスだったら良いね」
「そうだね」
そうお互い笑っていたら、携帯が鳴った。
画面には『馬鹿』と出ていた。
「……喧嘩中?」
友達が苦笑すると、私も釣られて苦笑した。
「まぁね。最近生徒会の引継ぎで全然会えていないから」
喧嘩というか、なんというか。
再会したときはあんなにも心が躍っていたのにな。
毎日が色づいて空から花が降ってきそうなほど幸せで、皆みたいにデートしたり電話したりお互いのクラスの授業が終わるのを待っているのさえ好きだった。
けれど、今はもう『馬鹿』で誤魔化してしまう自分が嫌だ。
***
「先輩の事が好きです!」
生徒会の引き継ぎで遅くなり、慌てて窓を閉めていた時、突然言われた。
真っ直ぐで真面目で、懐いてくれていた現生徒会会長くんに。
「先輩の人柄とか、笑顔とか、見ていて幸せになるんです」
ストレートにぶつかってくれた可愛い後輩に、私は苦笑して逃げる。
「あはは…。ありがとう。でも私に彼氏がいるの知ってるでしょ?」
「あんなの先輩に釣り合わない!」
生徒会長は急に声を荒立てると、深呼吸をして、すみませんと謝った。
「浮気、してるから?」
生徒会室の戸締まりを終え、後輩を廊下へ追い出しながら、私は言った。
「先輩…………」
ガチャガチャと鍵をかけると、その鍵を突然奪われる。
「知ってるなら何故、別れないんですか?」
答えるまでは、鍵は返してくれないかな。
真っ直ぐに私を受け止めようとしてくれる彼のおかげで、とても優しい気持ちになれた。
「まだ私の事が好きだから、ね」
凄くバランスの悪い関係なの。
彼が私の手を離してくれたら、私はきっと追いかけない。
私が彼の手を離したら、彼は追いかけて追いかけて、愛を囁く。
「彼は怖がりだから、私を試すの」
思わずため息が零れた。
試して、それで私が傷ついても構わない。
「どういう事ですか?」
「お前、だれ?」
生徒会長の声に被さるように、彼が現れた。
「あら? 今日は後輩とカラオケじゃなかったの?」
「メールしたじゃん。ご飯食べて帰ろーって」
じろじろと生徒会長を見ながら、目も合わせずに言う。
「見てなかった。まだ引き継ぎの仕事残ってるから、今日は生徒会長と帰るね。遅くなるから先に帰ってて」
やんわりと距離を置く。
ゆっくりと、拒絶する。
追いかけて来ないように、逃げ道を作りながら。
「美人な後輩ちゃんによろしくね」
「おいっ!?」
私の肩を掴むが、それを生徒会長に払われる。
「――すみません。先輩をお借りします」
そう言って私の手を掴み、ぐんぐんと歩き出す。
「嫌だ! 俺、待ってるからな!」
慌てて私に呼びかけるが、
逆に私の心はどんどん冷めていく。
大好きなのにね。
そばに居たいのにね。悲しいね。
分かり合おうとすればする程、あなたの価値観に傷つくだけだから。
「じゃあ、また明日」
私はにっこり笑うと、生徒会長と裏口から学校を出た。
……さて、どうしましょう。
逃げてもぶつかっても、
――ハッピーエンドなんて現れない。
不機嫌そうな生徒会長がなんだかかわいそうで、よしよしと頭を撫でた。
「彼は『心』の浮気じゃないなら、それは浮気じゃないらしい」
だから好きでもない女の子と平気で、デートにいけるし、本気じゃないからキスもできる。
「男の屑ですね。死ねばいいのに」
「あはっ! きついなー」
私が肩をバンバン叩くと、頬を赤らめて咳き込んだ。
「試してるの。私の愛情を。何をしても許してくれる、深い愛情かを」
「はぁ?」
「ちょっとそこに座らない?」
近道の公園を通り抜け中に見つけたベンチに座った。
キラキラ星が輝いて、吐く息は微かに白に染まっていく。
彼が住むアパートが見えるこのベンチで、私は彼の昔話を語る。
「最初に試されたのは、急に転校して行ったとき」
中学3年の二学期。
お互いに惹かれあってて、2人で帰る時はどちらからでもなく手を繋いだ。
繋いだ手は温かくて、心臓が手に移動したみたいにドキドキした。
「そうしたら、何も言わずに転校したの。私に何も言わず」
両親の不仲に心を痛めた彼は、両親を試した。不良になっても自分を見捨てずに、そばにいてくれるかを。
「彼の素行の悪さを自分のせいだと心を痛めた彼のお母さんと、彼は離婚して家を出た」
そして気持ちが安定しながらも、捨てられないように本当に自分を必要としてくれる為に、再会した私に全力で愛を囁いた。
私が何も言わず消えた彼を責めなかったから、彼は私が許してくれたと思っていた。
私も事情が事情だから理解して言わなかったけれど、言葉はちゃんと欲しかったんだと思う。
「つまり、浮気は先輩を試しているんですね」
「……うん。私が県外の大学に進学したいって言ったから不安なんだと思う。で、私が泣いて喚いて、浮気を止めてって言えば、私の気持ちが伝わって安心するんだと思う」
「そんな彼氏、……本当に必要ですか?」
「わかんない。でも言葉にしたら、本当に終わってしまいそうだからさ」
「僕なら、そんな不誠実な事しませんよ。全力で先輩の幸せを願います。僕は諦めません。ますます諦められなくなりました」
そんな彼氏の呪縛から、解放したい。
そう、言ってくれた。
「ありが、とう…」
優しい子だなって思う。
頭も良いし回転も早いし、周りへの配慮ができて、空気も読めて、彼とは正反対。
「私の笑顔が好きって言ってたけど、その笑顔にさせてくれるのは、君の存在が優しくて温かいからなんだよ」
君が笑顔にさせてくれてるだけ。
彼は笑顔になりたいだけ。
「お礼にジュースでも奢るよ。コンポタかお汁粉、どっちにする?」
「……なんで2択なんですか」
苦笑しながらも、奢られるのを拒み私の手のひらに小銭をくれた。
何なんだろう。
後輩君を好きになれば、きっと気持ちは満たされるのに、
今は何1つ、心が動かされないの。
はっきりさせなきゃいけないのに、苦しくて、体が重くて、
泥の中、うとうと眠ってしまっているみたいに。自販機のお汁粉のボタンを押しながらも、心はふわふわ浮いていた。
この公園もよくデート、したなぁ。
この自販機で、ジュースも買ったなぁ。
思い出って、今が不安なら不安な程に美化されると思う。
大して昔も幸せじゃなかったのに、幸せな思い出が私を縛り付けるんだ。
「急に呼び出すんだもーん」
「しょうがないじゃん。部屋寄っていってくだろ?」
彼がいた。公園で待ち合わせしていた美人な後輩の肩を抱き寄せる。
まんざらでもない後輩のかわいい笑い声が空に響いた。
嗚呼、『 』だ。
「……彼女は? 良いの?」
もう『 』だ。
『 』『 』『 』
「……信じてるもん、平気」
もう、も……、う限界、だ。
無理だ。無理無理無理無理無理。
く、るしい。痛い。もう、無理だ。
私、傷ついてる、んだ。
カラララン……。
足元に缶が落ちる。
両手は震えてた。両手の震えが全身に回って、もう立てなかった。
とっくに限界だったんだよ。もう何もかも限界だったんだ。
「委員長!?」
すぐに気づいた彼が近づいてくるのさえ、もう億劫だった。
もう、立ち上がれなくて、情けなくて、私はその場にうずくまった。
まるで、許しを乞う土下座をしているみたいに、情けなくうずくまった。
涙が溢れて溢れて溢れて、止まらない。
私、もう無理なんだ。
「別れ、よう…」
一言、そのたった一言が苦しくて、やっと言えたと思ったら、そのまま泣き出してしまった。
彼も力が抜けたように、座り込む。
けれど、もう顔もあげれない。
立ち上がれない。死んでしまいそう。
「私、わた、し、わたしわたし……」
言葉を発しようとすると嗚咽が邪魔をした。表情は見えなくても、絶望している彼の姿は目に浮かんだ。
「――ひっっく………わ、わたしは、うぅっ傷…傷つけてもいいの……?」
涙と共に溢れだした気持ちは、止まらなかった。
我慢、してた。ずっと我慢してた。
涙も鼻水も溢れて、私は醜い顔になってた。
「っどん、なに、傷つっても、あなたを許し、…って、受けっ止めな、きゃ駄目なっの?」
言いたくはない。
吐き出して楽になったら、もう戻れない。
でももう、貴方のために何一つ頑張れない。
歯を食いしばって、嗚咽を何度も何度も飲み込んで、地面を力強く握り締め、覚悟を決めた。
「わたし………は? わたしの思いはどこに行くの? 傷ついて、辛くて、悲しい気持ちは、どこに行くの?
消えないよ! 心に溜まってるよ! わたしだって支えて欲しいよ! ――この気持ち、受け止めて欲しかったよ……」
もう、遅いけれど。今更伝わった所で戻れないけれど、壊して壊して、全て壊してしまいたかった。
戻れないなら、全て壊れて消えてしまいたかった。
親の愛を試す彼は、自分が傷つくのが怖くて逃げてるだけだった。
愛情が欲しいくせに、その愛情を信じれずに自分を守ってばかり。
そんな彼が弱々しくて、繊細で、けどどうしようもなく、好きだった。
それでいて、子供の私にはとても重荷だった。
誕生日は親が離婚した日だから祝われたくない。嫌だ。
クリスマスは一度もしたことがないから興味ない。
何をしても何を言っても、いっつも最後は不幸語り。
私じゃ貴方の不幸語りを止めることもできない、取るに足らない存在だった。
突然姿を消したり浮気したり、かと思えば全力で愛を囁いたり。
――私の気持ちは試して欲しくなかった。
信じて欲しかった。
ずっとずっと、信じて欲しかった。
だからどんなに試されても、傷ついても、いつか彼が信じてくれるのならと耐えてきた。我慢した。
けどね、けど。
そんな不器用な愛し方に疲れたの。好きなのに、疲れたの。
普通に放課後にプリクラ撮りに行ったり、カラオケ行ったり、ゲーセンでもいい、カップル限定の割引があるクレープ屋に寄り道するだけでもいい。
私は貴方に、とっても簡単でささやかな幸せを求めていたの。
一度もそれは満たされることはなかったけど。
少しでも、相手を思う事に疲れてしまったのなら、その瞬間から、壊れていくしかなかったの。
ごめん。ごめんね。
私の中で、ゆっくり静かに壊れていって、ごめんね。
受け止めてあげられなくて、ごめんね。
限界だから、許してね。
「俺、俺、そんなつもりじゃ…」
……悪気が無いのは分かってる。
だからこそ、最悪なんだってことも。
でも言い訳はもう聞きたくないの。
好きじゃなくなったら、嫌いになってしまったら、思い出も何もかもすべて苦しくなってしまったら悲しいから。
好きでも、相手を思っていても、揺るぎない想いであっても、相手を傷つけるのならば、もうそれは『愛』じゃない。
『愛』の形は保たれない。
「……上手に隠してくれてたら、別れなかった。1ミリも見えなかったらずっとそばに居れた」
騙されてても、好きだから我慢できたよ。
でも、隠さないで私を傷つけるための浮気なら許せなかった。
折れた心は戻らない。
「俺は、お前がいないと……生きていけないよ」
それでも、揺れるんだね。
そんなに傷ついた顔するなんて。
そんなに泣きそうな顔で私を見るなんて。
「送っていきます」
突然、私の右腕を掴み無理矢理立たせたのは生徒会長だった。
生徒会長は反対のこぶしを震わせながら必死で唇を噛んでいて、とても怖い顔をしていた。
「今許したら、また先輩は傷つく。――ただ、それだけです」
何度許しても、結局は彼は私を何度も傷つけるんだ。
……それだけは変わらない。
それが、歪んだ彼の愛の形。
「また誰かを好きになったら、私みたいに試さないで」
信じて、あげてー……。
「好きなんだ。俺、お前以上に人を好きになれるわけない。お前だけが俺を見ててくれた。今さら、離れられない」
ぽたぽたと彼の頬に伝う涙は綺麗だった。純粋でキラキラ輝いていて、綺麗だった。
凄く綺麗で、壊れやすくて、残酷な涙だった。
「……お願い。もう、私が好きなら、別れて楽にさせて私は、もう」
私はもう好きじゃない。
そう泣きながら言うと、彼の目が大きく見開いた。
傷ついたから貴方を傷つけ返したいわけじゃない。
もう、放して。ただ、『好き』だけじゃそばに居られないなんて。
こんなの、辛すぎる。
別れなくても、別れても、どっちにしても辛いなら、――そばに居てあげたかった。
なのに、なのに……。これ以上傷つきたくなくて別れた。自分に甘い、エゴなのかもしれない。
「永遠の『愛』なんて、無いのですよ、生徒会長」
右腕を引っ張られ歩きながら、私は苦笑する。
そう、生徒会長だって私を『永遠』に好きで居られる保障はない。
「たかが一回の恋愛で、何分かった気でいるんですか? 結局何も分からなかったのに、何諦めてるんですか?」
乱暴に私の腕を放すと、生徒会長は私を見た。刺すように冷たく、泣きそうな瞳で。
「今日の別れは辛くても、あんな奴でも、好きだった時間は無駄じゃないです。経験して視野が広がれば、ちっぽけな世界でちっぽけな事に悩んでた自分が、馬鹿馬鹿しくなると思います。今は無理でも、すぐには無理でも、今日のこの経験は先輩の『明日』には無駄じゃない」
そう言って生徒会長は、悲しそうに言う。
「僕は永遠を信じたいし、いつか先輩の『明日』に居たいし諦めませんから」
「ぷぷっ… かぁっこいい……ぷぷぷっ」
堪えきれずに笑い出すと、生徒会長も真っ赤になって笑った。
真っ暗な夜空に、私と生徒会長の吐く息だけが映し出されていた。
そうだね。君とならカラオケでも図書館でも、コンビニでもいい。
どこでもお気軽にデートになってしまいそう。
とっても楽しそうだね。
でも確かにあったんだ。
初めて、彼と話した日。
初めて、彼と手をつないで帰った日。
いっぱい話したね。
いっぱいデートもしたね。
今は、まだ思い出すと苦く切なく甘酸っぱいけれど、まだ昨日のように、私の目蓋の裏に鮮明に蘇る。
いつかキラキラ輝く思い出になるまで。苦しくて悲しい思い出にならないように願って。
さよなら、バイバイ。
まだ大好きだけど。
大好きだからこそ、バイバイ。
もう好きじゃない。
もう恋ではない。
彼が前を向いて、歩き出せますように。
典型的な不良君は、親の不仲が原因で荒れていました。授業は寝ているかサボる。髪を派手に染め、ピアスを開け、夜は家に帰ってきません。クラスメートは誰1人喋りません。
真面目な少女は学級委員長でした。中学生活最後に、クラスメート全員が仲良くなって欲しいと思い、皆が怖がる不良君に話しかけていきました。
不良君もいつしか、少女に心を許していました。
彼が初めて学級委員長と話しているときに笑うと、それはとても幼くそして綺麗で委員長の心を奪いました。
けれど、突然姿を消しました。
親の離婚で卒業間近に引っ越してしまったのです。
……学級委員長に何も言わず。
そんな2人が数ヶ月後、高校で再会してから、恋に落ちるのです。
金髪に染めていた髪は、大人しい茶髪になって、沢山開けていたピアスは、オシャレに右耳に一個だけになっていた。
黙って消えた彼に、私はなんて言葉をかけようか迷っていると、彼の方から笑ってくれた。
「運命、だね」
「へ?」
「同じ高校で、同じクラスで、席が隣なんてさ。もう委員長と会えないって思ってたから、運命だよ」
名字が変わったおかげだ、ラッキー♪
そう穏やかに笑う彼は、トゲトゲしていた数ヶ月前とは別人でした。
こんなキザったらしい台詞まで吐ける人だったなんて……。
「運命だから諦めて、俺と付き合っちゃおうね」
そう、皆がいる前で飄々と告げた。
恥ずかしくて恥ずかしくて、泣きそうだったけれど、
私もいつしか諦めていた。
ずっとずっと、好きだったから。
***
「見てよ、この詐欺プリ。もう彼氏の原型残ってないわ。私とか美少女すぎる」
「それな」
「でも恋人限定半額デーは、恋人かどうか確認にプリクラ見せてっていう場合があるらしい」
「うわ、急にバイトとかあやしい」
皆の浮いた会話がうらやましくて、ぼーっとただただ空を眺めていた。
「ねー、委員長は進路どうするのー?」
中学からのあだ名に何も疑問がないまま私は、少し悩んだふりをする。
中学からの友人だからこそ、許せる。
「とりあえず大学行くかな」
「じゃあ進学コースだねー。同じクラスだったら良いね」
「そうだね」
そうお互い笑っていたら、携帯が鳴った。
画面には『馬鹿』と出ていた。
「……喧嘩中?」
友達が苦笑すると、私も釣られて苦笑した。
「まぁね。最近生徒会の引継ぎで全然会えていないから」
喧嘩というか、なんというか。
再会したときはあんなにも心が躍っていたのにな。
毎日が色づいて空から花が降ってきそうなほど幸せで、皆みたいにデートしたり電話したりお互いのクラスの授業が終わるのを待っているのさえ好きだった。
けれど、今はもう『馬鹿』で誤魔化してしまう自分が嫌だ。
***
「先輩の事が好きです!」
生徒会の引き継ぎで遅くなり、慌てて窓を閉めていた時、突然言われた。
真っ直ぐで真面目で、懐いてくれていた現生徒会会長くんに。
「先輩の人柄とか、笑顔とか、見ていて幸せになるんです」
ストレートにぶつかってくれた可愛い後輩に、私は苦笑して逃げる。
「あはは…。ありがとう。でも私に彼氏がいるの知ってるでしょ?」
「あんなの先輩に釣り合わない!」
生徒会長は急に声を荒立てると、深呼吸をして、すみませんと謝った。
「浮気、してるから?」
生徒会室の戸締まりを終え、後輩を廊下へ追い出しながら、私は言った。
「先輩…………」
ガチャガチャと鍵をかけると、その鍵を突然奪われる。
「知ってるなら何故、別れないんですか?」
答えるまでは、鍵は返してくれないかな。
真っ直ぐに私を受け止めようとしてくれる彼のおかげで、とても優しい気持ちになれた。
「まだ私の事が好きだから、ね」
凄くバランスの悪い関係なの。
彼が私の手を離してくれたら、私はきっと追いかけない。
私が彼の手を離したら、彼は追いかけて追いかけて、愛を囁く。
「彼は怖がりだから、私を試すの」
思わずため息が零れた。
試して、それで私が傷ついても構わない。
「どういう事ですか?」
「お前、だれ?」
生徒会長の声に被さるように、彼が現れた。
「あら? 今日は後輩とカラオケじゃなかったの?」
「メールしたじゃん。ご飯食べて帰ろーって」
じろじろと生徒会長を見ながら、目も合わせずに言う。
「見てなかった。まだ引き継ぎの仕事残ってるから、今日は生徒会長と帰るね。遅くなるから先に帰ってて」
やんわりと距離を置く。
ゆっくりと、拒絶する。
追いかけて来ないように、逃げ道を作りながら。
「美人な後輩ちゃんによろしくね」
「おいっ!?」
私の肩を掴むが、それを生徒会長に払われる。
「――すみません。先輩をお借りします」
そう言って私の手を掴み、ぐんぐんと歩き出す。
「嫌だ! 俺、待ってるからな!」
慌てて私に呼びかけるが、
逆に私の心はどんどん冷めていく。
大好きなのにね。
そばに居たいのにね。悲しいね。
分かり合おうとすればする程、あなたの価値観に傷つくだけだから。
「じゃあ、また明日」
私はにっこり笑うと、生徒会長と裏口から学校を出た。
……さて、どうしましょう。
逃げてもぶつかっても、
――ハッピーエンドなんて現れない。
不機嫌そうな生徒会長がなんだかかわいそうで、よしよしと頭を撫でた。
「彼は『心』の浮気じゃないなら、それは浮気じゃないらしい」
だから好きでもない女の子と平気で、デートにいけるし、本気じゃないからキスもできる。
「男の屑ですね。死ねばいいのに」
「あはっ! きついなー」
私が肩をバンバン叩くと、頬を赤らめて咳き込んだ。
「試してるの。私の愛情を。何をしても許してくれる、深い愛情かを」
「はぁ?」
「ちょっとそこに座らない?」
近道の公園を通り抜け中に見つけたベンチに座った。
キラキラ星が輝いて、吐く息は微かに白に染まっていく。
彼が住むアパートが見えるこのベンチで、私は彼の昔話を語る。
「最初に試されたのは、急に転校して行ったとき」
中学3年の二学期。
お互いに惹かれあってて、2人で帰る時はどちらからでもなく手を繋いだ。
繋いだ手は温かくて、心臓が手に移動したみたいにドキドキした。
「そうしたら、何も言わずに転校したの。私に何も言わず」
両親の不仲に心を痛めた彼は、両親を試した。不良になっても自分を見捨てずに、そばにいてくれるかを。
「彼の素行の悪さを自分のせいだと心を痛めた彼のお母さんと、彼は離婚して家を出た」
そして気持ちが安定しながらも、捨てられないように本当に自分を必要としてくれる為に、再会した私に全力で愛を囁いた。
私が何も言わず消えた彼を責めなかったから、彼は私が許してくれたと思っていた。
私も事情が事情だから理解して言わなかったけれど、言葉はちゃんと欲しかったんだと思う。
「つまり、浮気は先輩を試しているんですね」
「……うん。私が県外の大学に進学したいって言ったから不安なんだと思う。で、私が泣いて喚いて、浮気を止めてって言えば、私の気持ちが伝わって安心するんだと思う」
「そんな彼氏、……本当に必要ですか?」
「わかんない。でも言葉にしたら、本当に終わってしまいそうだからさ」
「僕なら、そんな不誠実な事しませんよ。全力で先輩の幸せを願います。僕は諦めません。ますます諦められなくなりました」
そんな彼氏の呪縛から、解放したい。
そう、言ってくれた。
「ありが、とう…」
優しい子だなって思う。
頭も良いし回転も早いし、周りへの配慮ができて、空気も読めて、彼とは正反対。
「私の笑顔が好きって言ってたけど、その笑顔にさせてくれるのは、君の存在が優しくて温かいからなんだよ」
君が笑顔にさせてくれてるだけ。
彼は笑顔になりたいだけ。
「お礼にジュースでも奢るよ。コンポタかお汁粉、どっちにする?」
「……なんで2択なんですか」
苦笑しながらも、奢られるのを拒み私の手のひらに小銭をくれた。
何なんだろう。
後輩君を好きになれば、きっと気持ちは満たされるのに、
今は何1つ、心が動かされないの。
はっきりさせなきゃいけないのに、苦しくて、体が重くて、
泥の中、うとうと眠ってしまっているみたいに。自販機のお汁粉のボタンを押しながらも、心はふわふわ浮いていた。
この公園もよくデート、したなぁ。
この自販機で、ジュースも買ったなぁ。
思い出って、今が不安なら不安な程に美化されると思う。
大して昔も幸せじゃなかったのに、幸せな思い出が私を縛り付けるんだ。
「急に呼び出すんだもーん」
「しょうがないじゃん。部屋寄っていってくだろ?」
彼がいた。公園で待ち合わせしていた美人な後輩の肩を抱き寄せる。
まんざらでもない後輩のかわいい笑い声が空に響いた。
嗚呼、『 』だ。
「……彼女は? 良いの?」
もう『 』だ。
『 』『 』『 』
「……信じてるもん、平気」
もう、も……、う限界、だ。
無理だ。無理無理無理無理無理。
く、るしい。痛い。もう、無理だ。
私、傷ついてる、んだ。
カラララン……。
足元に缶が落ちる。
両手は震えてた。両手の震えが全身に回って、もう立てなかった。
とっくに限界だったんだよ。もう何もかも限界だったんだ。
「委員長!?」
すぐに気づいた彼が近づいてくるのさえ、もう億劫だった。
もう、立ち上がれなくて、情けなくて、私はその場にうずくまった。
まるで、許しを乞う土下座をしているみたいに、情けなくうずくまった。
涙が溢れて溢れて溢れて、止まらない。
私、もう無理なんだ。
「別れ、よう…」
一言、そのたった一言が苦しくて、やっと言えたと思ったら、そのまま泣き出してしまった。
彼も力が抜けたように、座り込む。
けれど、もう顔もあげれない。
立ち上がれない。死んでしまいそう。
「私、わた、し、わたしわたし……」
言葉を発しようとすると嗚咽が邪魔をした。表情は見えなくても、絶望している彼の姿は目に浮かんだ。
「――ひっっく………わ、わたしは、うぅっ傷…傷つけてもいいの……?」
涙と共に溢れだした気持ちは、止まらなかった。
我慢、してた。ずっと我慢してた。
涙も鼻水も溢れて、私は醜い顔になってた。
「っどん、なに、傷つっても、あなたを許し、…って、受けっ止めな、きゃ駄目なっの?」
言いたくはない。
吐き出して楽になったら、もう戻れない。
でももう、貴方のために何一つ頑張れない。
歯を食いしばって、嗚咽を何度も何度も飲み込んで、地面を力強く握り締め、覚悟を決めた。
「わたし………は? わたしの思いはどこに行くの? 傷ついて、辛くて、悲しい気持ちは、どこに行くの?
消えないよ! 心に溜まってるよ! わたしだって支えて欲しいよ! ――この気持ち、受け止めて欲しかったよ……」
もう、遅いけれど。今更伝わった所で戻れないけれど、壊して壊して、全て壊してしまいたかった。
戻れないなら、全て壊れて消えてしまいたかった。
親の愛を試す彼は、自分が傷つくのが怖くて逃げてるだけだった。
愛情が欲しいくせに、その愛情を信じれずに自分を守ってばかり。
そんな彼が弱々しくて、繊細で、けどどうしようもなく、好きだった。
それでいて、子供の私にはとても重荷だった。
誕生日は親が離婚した日だから祝われたくない。嫌だ。
クリスマスは一度もしたことがないから興味ない。
何をしても何を言っても、いっつも最後は不幸語り。
私じゃ貴方の不幸語りを止めることもできない、取るに足らない存在だった。
突然姿を消したり浮気したり、かと思えば全力で愛を囁いたり。
――私の気持ちは試して欲しくなかった。
信じて欲しかった。
ずっとずっと、信じて欲しかった。
だからどんなに試されても、傷ついても、いつか彼が信じてくれるのならと耐えてきた。我慢した。
けどね、けど。
そんな不器用な愛し方に疲れたの。好きなのに、疲れたの。
普通に放課後にプリクラ撮りに行ったり、カラオケ行ったり、ゲーセンでもいい、カップル限定の割引があるクレープ屋に寄り道するだけでもいい。
私は貴方に、とっても簡単でささやかな幸せを求めていたの。
一度もそれは満たされることはなかったけど。
少しでも、相手を思う事に疲れてしまったのなら、その瞬間から、壊れていくしかなかったの。
ごめん。ごめんね。
私の中で、ゆっくり静かに壊れていって、ごめんね。
受け止めてあげられなくて、ごめんね。
限界だから、許してね。
「俺、俺、そんなつもりじゃ…」
……悪気が無いのは分かってる。
だからこそ、最悪なんだってことも。
でも言い訳はもう聞きたくないの。
好きじゃなくなったら、嫌いになってしまったら、思い出も何もかもすべて苦しくなってしまったら悲しいから。
好きでも、相手を思っていても、揺るぎない想いであっても、相手を傷つけるのならば、もうそれは『愛』じゃない。
『愛』の形は保たれない。
「……上手に隠してくれてたら、別れなかった。1ミリも見えなかったらずっとそばに居れた」
騙されてても、好きだから我慢できたよ。
でも、隠さないで私を傷つけるための浮気なら許せなかった。
折れた心は戻らない。
「俺は、お前がいないと……生きていけないよ」
それでも、揺れるんだね。
そんなに傷ついた顔するなんて。
そんなに泣きそうな顔で私を見るなんて。
「送っていきます」
突然、私の右腕を掴み無理矢理立たせたのは生徒会長だった。
生徒会長は反対のこぶしを震わせながら必死で唇を噛んでいて、とても怖い顔をしていた。
「今許したら、また先輩は傷つく。――ただ、それだけです」
何度許しても、結局は彼は私を何度も傷つけるんだ。
……それだけは変わらない。
それが、歪んだ彼の愛の形。
「また誰かを好きになったら、私みたいに試さないで」
信じて、あげてー……。
「好きなんだ。俺、お前以上に人を好きになれるわけない。お前だけが俺を見ててくれた。今さら、離れられない」
ぽたぽたと彼の頬に伝う涙は綺麗だった。純粋でキラキラ輝いていて、綺麗だった。
凄く綺麗で、壊れやすくて、残酷な涙だった。
「……お願い。もう、私が好きなら、別れて楽にさせて私は、もう」
私はもう好きじゃない。
そう泣きながら言うと、彼の目が大きく見開いた。
傷ついたから貴方を傷つけ返したいわけじゃない。
もう、放して。ただ、『好き』だけじゃそばに居られないなんて。
こんなの、辛すぎる。
別れなくても、別れても、どっちにしても辛いなら、――そばに居てあげたかった。
なのに、なのに……。これ以上傷つきたくなくて別れた。自分に甘い、エゴなのかもしれない。
「永遠の『愛』なんて、無いのですよ、生徒会長」
右腕を引っ張られ歩きながら、私は苦笑する。
そう、生徒会長だって私を『永遠』に好きで居られる保障はない。
「たかが一回の恋愛で、何分かった気でいるんですか? 結局何も分からなかったのに、何諦めてるんですか?」
乱暴に私の腕を放すと、生徒会長は私を見た。刺すように冷たく、泣きそうな瞳で。
「今日の別れは辛くても、あんな奴でも、好きだった時間は無駄じゃないです。経験して視野が広がれば、ちっぽけな世界でちっぽけな事に悩んでた自分が、馬鹿馬鹿しくなると思います。今は無理でも、すぐには無理でも、今日のこの経験は先輩の『明日』には無駄じゃない」
そう言って生徒会長は、悲しそうに言う。
「僕は永遠を信じたいし、いつか先輩の『明日』に居たいし諦めませんから」
「ぷぷっ… かぁっこいい……ぷぷぷっ」
堪えきれずに笑い出すと、生徒会長も真っ赤になって笑った。
真っ暗な夜空に、私と生徒会長の吐く息だけが映し出されていた。
そうだね。君とならカラオケでも図書館でも、コンビニでもいい。
どこでもお気軽にデートになってしまいそう。
とっても楽しそうだね。
でも確かにあったんだ。
初めて、彼と話した日。
初めて、彼と手をつないで帰った日。
いっぱい話したね。
いっぱいデートもしたね。
今は、まだ思い出すと苦く切なく甘酸っぱいけれど、まだ昨日のように、私の目蓋の裏に鮮明に蘇る。
いつかキラキラ輝く思い出になるまで。苦しくて悲しい思い出にならないように願って。
さよなら、バイバイ。
まだ大好きだけど。
大好きだからこそ、バイバイ。
もう好きじゃない。
もう恋ではない。
彼が前を向いて、歩き出せますように。


