いつか、桜の季節に 出逢えたら
両手に紙袋を下げる紫苑の横で、足取り軽く歩く。

「今日は、あのクエストやって、あの素材集めて……って、手伝ってよね?」

「はいはい」

重量感たっぷりのチョコ袋を下げながら歩く紫苑は、ため息をつつも、少し楽しみにしてくれているような、そんな気がした。


「その後に、みっちり勉強を教えてあげるからね!」

「はいはい」


「喉が乾いたから、あそこのコンビニで飲み物買ってくる」

私は、コンビニに向かってダッシュする。
ちょっとだけ目眩がした気がしたけどーー調子に乗りすぎたかな。


「はい、飲み物」

紙袋を地面に置いた紫苑に、ペットボトルの水を手渡す。

「さんきゅ」

「あ、ついでに私からも義理チョコをあげよう。そして、また袋が少しだけ重くなりましたとさ」

ふふふと笑いながら、ついでに買った一口チョコを紙袋の中にコロンと入れた。


「それにしても、紫苑くん、モテモテだねぇ。この中から彼女を選んだりはしないの?」

ペットボトルに口をつけながら、聞いてみる。


「なんか……面倒くさいんだよね」

「面倒くさい……だと? 贅沢だな!」

「違う。今まで、告白されて何人かと付き合ってはみたけど、俺がゲームを優先すると、結局別れることになるんだよ。『私よりゲームの方が大事なの?』みたいな?」


確かに、自分の趣味を受け入れてもらえなかったら、関係もうまくいかなくなるよね。
わかるわかる。

「この中にゲームやりたいって子、いるかもよ?」

「表向きだけ理解するふりしても、本心から面白いと思ってやる奴じゃないと続かんでしょ。覚える気がないのに『教えて』とか、『見てるからやって』とか、面倒でしかない」

「……そういうものかね?」


「だいたい、俺がゲーム好きだと知ってたら、ゲームきっかけに仲良くなろうとするだろ、普通。そういうのないから、みんな、本当の俺のことなんて、何も知らんのよ」

紫苑が、複雑な表情で笑う。
選び放題なイケメンでも、いろいろと思うところはあるんだな。


ーーふと、莉々のことを思い出した。

「そうだ、ほら、雨宮莉々ちゃん、あの子とかどう?」

「顔は文句なしに可愛いよね……でも、すげー疲れそう。それに、別に俺のことが好きなわけじゃないよ、ああいうタイプは」


ーーうーん?
あれだけ露骨にアピールされているのに?
私に送られて来るLIMEでは、いつも君の話題なんですけど?
もしや、紫苑は恋愛に鈍感なのだろうか。

「誰とも付き合う気がないなら、チョコなんて受け取らなければいいのに」

紫苑は、呆れたようにため息を吐く。

「俺は受け取らないようにしたよ。お前が勝手にもらってきたんだろうが」

そういえば、靴箱での紫苑は、チョコなんて一個も持っていなかった。

ーー本人が受け取らないから、私の方に来るのか。


「ごめん! 紫苑くんに直接渡すことのできない恥ずかしがり屋さんの分が、こっちに来るんだと思ってた」

「……これ、片付けるの、手伝えよ?」


「みんな、ごめん……」

紫苑はちゃんと食べるからね。
ちゃんと見守りますからね。
その残りは、私めがいただきますことを、どうかお許しください。

今日からしばらくの間、チョコまみれの毎日になりそうだ。

それと、先日のバイト代の一部が、マシュマロかクッキーとして消えることになるのだろう。
紫苑くん、ごめんね!
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