いつか、桜の季節に 出逢えたら

第23話 3月7日 日常の一コマたち

いつもの帰り道。

「今回は、全教科平均点以上だったよ。お前のおかげだな」

先日の期末テストの結果が出たのだが、予想以上に良かったからか、紫苑の機嫌がとても良い。


「いやいや、紫苑くんが頑張ったからだよ」

と言いつつも、少なからず役に立てたという自負はあるから、私も嬉しくなってしまう。


「ところで、お前、大学どこ受けんの?」

大学かーーこのまま絵梨花でいられたら、この先の未来もあったかもしれないけれど。

「……まだ……決められてないよ」

「そっか、お前ならどこにでも行けそうだしな……」

ーーどこにも行けないよ、私は。
そんなこと、口に出せるわけもなく、やり場のない気持ちを抱えたまま、いつもの道を歩く。


「……あのさ。もし、俺がお前と同じ大学に行けたら、一緒に住まない?」

「……え?」


「ほら、もし家出るなら、一緒に住んだら家賃とか安くなるじゃん?」

「あはっ、紫苑くん、しっかりしてるねぇ。親孝行者だ。それができたら、いいんだろうけどね……」

そんな未来なんて、来ないのがわかっているから、どうとでも取れるような返事しかできなかった。


「よし! 勉強のお礼に、今日は好きな菓子を買ってあげよう」

「……私への謝礼は、高いよ?」

帰りのコンビニで、袋いっぱいのお菓子を買ってもらった。


*****


ーーこの生活も、もうすぐ終わりなんだな。
この二ヶ月、いろんなことがあったなぁ。
あと一ヶ月も、ないんだよねーー。


紫苑のベッドにうつ伏せに寝転がり、ぼんやりと考えている。

「はい」

差し出されたのは、さっきコンビニで買ってもらったお菓子だった。


「ありがと」

と言って、紫苑の手から口で受け取って食べる。

ここは、本当に居心地がいいな。
気を遣わなくてもいいというか、素の自分でいられるというか。
なんだろう、この安心感はーー
無性に眠くなってきた。

「紫苑くんも、どうぞ……」

寝転がったまま、さっき自分が食べたのと同じお菓子をつまみ、紫苑の口に入れてやる。


「紫苑くん、いつもありがとう……」

そのまま、意識が遠のいていった。


*****


目が覚めると、

「……朝っ!?」

時計の針は、6時10分をさしている。

私、いつの間に寝てた?
ていうか、ここで?

自分はしっかりベッドで寝ていた、ということはーー
紫苑が床で寝ている!

なんということだ。部屋主を床で寝かせてしまうなんて。


「紫苑くん、ごめん! 床なんかで……」

揺さぶってみるが、全く起きない。
そういえば、寝起き悪いんだよね、この人。


「ちょっとだけでいいから、起きて」

また揺さぶるが、たまに眉間にしわを寄せるだけで、起きない。

登校まで時間はあるから寝ていてもいいけど、せめて、布団で寝てほしい。
とはいえ、持ち上げることはできないから、自分で動いてもらうしかない。


その時、紫苑が薄目を開いた。

ーー起きた?

「ほら、せめて布団に……」

紫苑は、むくっと上体を起こすと、そのまま私の太ももに頭を乗せた。

「……いいじゃん……ずっとここにいれば……」

寝ぼけているのだろうか。
そのまま眠ってしまった。

ーー時間はあるから、まぁいいんだけども。


それにしても、人は寝ている時、こんなに無防備になるのだな。

髪に触れてみるーー思ったよりも柔らかかった。

少しだけ頬をつねってみたが、眉間にしわが寄るだけだ。

全てを私に委ねてくれている、そう思うと、なんだか嬉しくなる。


でも、近いうちに必ずやってくる別れを思うと、胸がキュッと苦しくなった。
< 44 / 66 >

この作品をシェア

pagetop