いつか、桜の季節に 出逢えたら
「ただいま」

自宅に帰ると、誰もいなかった。
お母さんは、買い物かな。

自分の部屋に入り、寝転がってぼんやりしていると、誰かが帰ってきたようだ。
階段を上がってくるから、紫苑だろう。

コンコン

「……はい」

ドアを開けると、紫苑が立っていた。

「……お話があります」

なんだか、この前の私みたい。


「狭いですが、どうぞ」

何事もなかったかのように、入室を促す。

「……どうも」

この前と同じように、お互い、床に正座する。

………

なんとも気まずい沈黙が流れる。

「あの……この部屋には、座布団とかクッションがないので、足が痛くなります。こちらのベッドに座りませんか」

「……はい」

二人で隣同士に座ったはいいが、余計に気まずくなった。

………


紫苑はポケットから、何かを取り出した。

「これ、やるよ」

小さな透明袋。
中には、かわいいキャンディーが入っている。


「えー、ありがとう。今、食べていい?」

とか言ってる間に、一袋破って口に中に入れる。

これは、りんご味かな?
甘くて美味しい。


「食うの、はえーよ」

紫苑が少し笑った。


「だって、美味しそうだったから」

美味しそうな物を見ると、素に戻ってしまうのだよ。


「この前の、チョコのお返し」

ーーこの前?
あぁ、バレンタインの時の一口チョコか。

「あんなの、お礼をもらうほどのものでは……」

「いえいえ、好きな人からもらったものですから」

「……それは……どうも」

なんだか照れる。
中身は大人なのに、いちいちドキドキしてしまう自分が恥ずかしい。


そうか、今日はホワイトデーなのか。
キャンディーを返す意味は
ーーわかってる。

「ありがとう、紫苑くん」

全てを知っても、私のことを好きでいてくれて、ありがとう。
私はもうすぐ消えてしまうのに。
君に、面倒なことを押し付けてしまうのに。


「この前の話が本当なら、あと十日しか残ってないんだよね?」

「そうだよ」


「その間、何をすればいいの?」

「お父さんへの親孝行と、絵梨花の本心を伝えたい……かな」


「なんで絵梨花の本心を知ってんの?」

猫又は呼んでも出てこないだろうから、神業的に見せてもらったとか、証明できないことは置いといて。

「絵梨花のブログの非公開記事に書いてあったんだよ。誰にも見せるつもりはなかったはずだから、全部言うつもりはない。絵梨花がどうしても伝えたかったことを、私が代わりに伝えるよ」

「だったら、父さんは明日帰ってくるはずだから、二人で飯でも作ってやろうか。母さん抜きで。二人とも労ってやれば、まとめて親孝行になるだろ」


「それいいね。料理というのが私にとっては大問題だけど」

こればっかりは、苦笑いするしかない。
今まで、料理を”食べられる状態”で完成させたことが、ほぼないのだ。

「まぁ、任せとけって」


二人で笑い合った後、ふいに紫苑が真剣な顔をして、私の手を取った。

「あなたがやりたいことは、俺が全力でサポートします。だから、あなたに残った時間を全部、俺に下さい」


紫苑の突然の申し出に驚いたけれど、最期まで紫苑と一緒にいられるのなら、私も嬉しい。

「私は何をすればいい?」

「まずは、ゲームと勉強の再開かな。あと、その堅苦しい口調じゃなく、前みたいに戻ってくれない?」

紫苑が明るく笑って言う。


「わかった」

あと十日、最期まで悔いの残らないように生きたい。
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