いつか、桜の季節に 出逢えたら
第32話 2025年3月24日
ーー目が覚めると、見たことのない天井があった。
頬に涙が伝っている。
泣いていたのかーー私。
「縁……?」
ベッドサイドには、実母がいた。
なにこれ、デジャヴ……?
母がナースコールを押し、叫ぶ。
「娘の意識が、戻りました!」
その声が震えていた。
あの母が泣いているーー冷たい人間だと思っていたのに。
子供の頃から、母は厳しかった。
帰ってこない父を泣きながら待つ女であり、その反動か、娘には厳しい。
叱られるのが常で、休日にゴロゴロするだとか、もっての外。
私はいつも、学校か塾か、習い事。
家には、居場所なんてなかった
母は教育業界しか知らず、一人娘の私には当然のように「教師になりなさい」と思想的英才教育を施した。
大学は国立以外、認めない。
かなり偏った理想を押し付けてくる親だったように思う。
なによりも、世間体が大事。
いつも「あなたのためだから」と言っていた。
私が大学入学と同時に両親は離婚。
それ以来、父とは会っていない。
母にも、理由をつけては会うのを避けてきた。
私のために泣いたことなど、一度もなかったのに。
その母が、泣いている。
「縁、本当に良かった……」
「なんで……泣いてるの?」
「なんでって、娘が死んでたかもしれないのよ。助かって良かったと思うのは、親として当たり前でしょう!」
この人に、こんな感情があったんだーー。
記憶の中の母と、目の前にいる人物が、まるで別人のように思えた。
「縁、何か悩みがあるの? 仕事が辛いの? なぜ車に飛び込んだりしたの!」
「……え?」
私は、2024年12月25日に、交通事故に遭った。
私の記憶では、通勤途中の神社にいた猫を助けようとしたのだけれど、その猫は妖怪なので他の人には見えず、目撃者には、私が理由なく突然車に飛び込んだように見えたらしい。
「もし、仕事で辛いことがあるのなら、辞めてもいいのよ? お母さんもお父さんも、教師になるのが縁のためだと思っていたの。でも、縁の成績が下がると、”お前の教育が悪い”とお父さんに責められるようになって、それが怖くて、縁に勉強を強いるようになってた」
私の中に、束縛の象徴として君臨していた母の姿は、そこにはなかった。
「……離婚して冷静になって、お母さんは一度も、あなたの口から将来の夢とか、やりたいことを聞いたことがないって気付いたの。『あなたのため』と言っていたのは、実は『お母さんのため』だったのよ。今まで、ごめんなさい。もし、教職が嫌になったのなら……」
「辞めないよ」
母の顔に、驚きが浮かぶ。
私は、静かに微笑んだ。
「辞めないよ。私に、教師に向いてるって言ってくれた人が、いるから」
頬に涙が伝っている。
泣いていたのかーー私。
「縁……?」
ベッドサイドには、実母がいた。
なにこれ、デジャヴ……?
母がナースコールを押し、叫ぶ。
「娘の意識が、戻りました!」
その声が震えていた。
あの母が泣いているーー冷たい人間だと思っていたのに。
子供の頃から、母は厳しかった。
帰ってこない父を泣きながら待つ女であり、その反動か、娘には厳しい。
叱られるのが常で、休日にゴロゴロするだとか、もっての外。
私はいつも、学校か塾か、習い事。
家には、居場所なんてなかった
母は教育業界しか知らず、一人娘の私には当然のように「教師になりなさい」と思想的英才教育を施した。
大学は国立以外、認めない。
かなり偏った理想を押し付けてくる親だったように思う。
なによりも、世間体が大事。
いつも「あなたのためだから」と言っていた。
私が大学入学と同時に両親は離婚。
それ以来、父とは会っていない。
母にも、理由をつけては会うのを避けてきた。
私のために泣いたことなど、一度もなかったのに。
その母が、泣いている。
「縁、本当に良かった……」
「なんで……泣いてるの?」
「なんでって、娘が死んでたかもしれないのよ。助かって良かったと思うのは、親として当たり前でしょう!」
この人に、こんな感情があったんだーー。
記憶の中の母と、目の前にいる人物が、まるで別人のように思えた。
「縁、何か悩みがあるの? 仕事が辛いの? なぜ車に飛び込んだりしたの!」
「……え?」
私は、2024年12月25日に、交通事故に遭った。
私の記憶では、通勤途中の神社にいた猫を助けようとしたのだけれど、その猫は妖怪なので他の人には見えず、目撃者には、私が理由なく突然車に飛び込んだように見えたらしい。
「もし、仕事で辛いことがあるのなら、辞めてもいいのよ? お母さんもお父さんも、教師になるのが縁のためだと思っていたの。でも、縁の成績が下がると、”お前の教育が悪い”とお父さんに責められるようになって、それが怖くて、縁に勉強を強いるようになってた」
私の中に、束縛の象徴として君臨していた母の姿は、そこにはなかった。
「……離婚して冷静になって、お母さんは一度も、あなたの口から将来の夢とか、やりたいことを聞いたことがないって気付いたの。『あなたのため』と言っていたのは、実は『お母さんのため』だったのよ。今まで、ごめんなさい。もし、教職が嫌になったのなら……」
「辞めないよ」
母の顔に、驚きが浮かぶ。
私は、静かに微笑んだ。
「辞めないよ。私に、教師に向いてるって言ってくれた人が、いるから」