吹奏楽に恋した私の3年間

譜面のない音

舞台袖に戻ると、みんなが小さく笑い合った。

「よかったね」

「揃ってたよね」

そんな言葉が、ささやくように交わされる。

でも、どこかみんなの目は不安げだった。

結果が出るまでは、まだ“終わった”とは言えない。

楽器を片づける。

トラックに積み込む。

その作業は、いつもより静かだった。

桜田先生は、少し疲れた顔で「おつかれさま」と言ってくれた。

その声に、胸がじんとした。

ホールのロビーに戻ると、他校の生徒たちがざわざわと集まっていた。

午後の部の人が来ている。いいな、今からか、、と思う自分がいた。

バスに乗り、学校に戻る。

バスの中は、思い出話であふれていた。

私も、詩妃と一緒に思い出話をした。

学校で、楽器を片付け、帰宅する。

今日は、詩妃とお祭りに行く予定があった。

ちょうど今日でよかった。

なぜなら、一人だと、もう早くに結果を見てしまいそうだったから。

夕方、浴衣に着替えて駅前で詩妃と待ち合わせた。

「ねえ、かき氷食べようよ!!」

詩妃が笑う。

屋台の音、焼きそばの匂い、遠くから聞こえる太鼓の音。

全部が、今日の演奏の余韻を包み込んでくれるようだった。

でも、心の奥では、ずっと結果のことが気になっていた。

スマホを開けば、きっともう出ている。

でも、開けなかった。

「まだ見ないの?」

詩妃が、かすかに聞いた。

「うん……今は、このお祭りを楽しみたい。これで見ちゃったら、お祭りどころじゃなくなる気がする」

金賞じゃなかったら、終わるかもしれない。

でも、今はそれよりも、詩妃と並んで歩くこの時間が、何より大切だった。

「ねえ、もし終わってもさ」 詩妃が言った。

「うちら、いい音、出せたよね」

私は、うなずいた。

「うん。あれは、いい音だった、前のあたしらに比べたら断然成長してる!」

スマホは、まだポケットの中。

結果は、まだ見ない。

今は、ただこの夜を、大切にしたかった。



しばらくして、お祭りの予定表を見ていると、地元の吹奏楽団の演奏があると書かれていた。

「見たいね!」と詩妃が言う。

場所を聞くと、かなり遠い。

でも、どうしても聴きたかった。

私は、浴衣が崩れるのも気にせず、走った。

ぎりぎりで間に合った。

少し離れた場所から音を待っていると、星音ちゃんの姿が見えた。

微妙な距離を保ちながら、そっと近づく。

その瞬間、音が始まった。

空気が震えるような音圧。

「え、すご……」 私と詩妃は、思わず声を漏らした。

その声に反応した星音ちゃんが、こちらを振り向いて言った。

「あっ、こんにちは!」

「こんにちは」と返しながら、私たちは演奏に耳を傾けた。

音が、夕焼け空に溶けていく。

さっきまで自分たちが吹いていた音とは違うけれど、同じ“音楽”だった。

演奏が終わり、屋台の灯りの下をぷらぷらと歩いていると、詩妃が言った。

「ねえ、結果……見ていい?」

私は、少し戸惑った。

まだ見たくなかった。

でも、詩妃が見るなら、私も見る。

「せーの、で開こう」

スマホを取り出す。

グループLINEに、誰かが結果を送っていた。

画面を開く。








——銀賞。














「……え」




一瞬、時間が止まった。

「やっぱり」と思う自分がいた。

でも、それ以上に、悲しかった。

学校生活の8割は、吹奏楽に費やした。

楽器と譜面と、仲間と先生と、全部がそこにあった。

「ああ……」 道の真ん中で立ち尽くしていたせいで、人にぶつかった。

「すみません」 そう言って、歩き出す。

私の中では、もう音は鳴っていなかった。
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