吹奏楽に恋した私の3年間
とうとう、本番当日がやってきた。

私たちは、いつものように楽器をトラックに積み込み、バスに乗り込んだ。

窓の外を流れる景色は、いつもと変わらないはずなのに、今日はなぜか胸がざわついていて、怖く感じた。

発表会は、いつもなら楽しみなはずだった。

でも今日は、怖かった。

——県大会に進めなかったら、私の吹奏楽人生が終わってしまう。

その思いが、ずっと胸の奥で重く響いていた。

バスに揺られて約1時間。

到着したホールには、すでにたくさんの学校が集まっていた。

制服姿の生徒たちが、楽器を抱えて行き交う。

その光景に、さらに緊張が高まる。

私たちは楽器を下ろし、準備を整えてチューニング室へ向かった。

その途中、詩妃が突然声を上げた。

「あ、お久しぶりです!!」

振り返ると、そこには—— 1年生のときに指導してくださった、崎原先生の姿があった。

「こんにちは!」 私が声をかけると、みんなも次々に「こんにちは!」と挨拶を続けた。

「ひさしぶりやねー」

崎原先生は、懐かしそうに笑った。

もっと話したかった。

でも、今はそれどころではない。

チューニングの時間が迫っていた。

桜田先生に連れられ、私たちはチューニング室で音を合わせた。

息を整え、音を整え、心を整える。

そして、時間が来た。

舞台裏へと移動すると、前の学校の演奏が耳に入ってきた。

聞いたことのあるメロディー。

みんなで鼻歌を口ずさみながら、緊張を紛らわせる。

そのとき—— 「おっ、みんな!」

黒縁の四角い眼鏡をかけた、若い男性教師が私たちの間をすり抜けてきた。

小澤(こざわ)先生だった。

「えっ、なんでいるん?」 みんなが驚いた声を上げる。

小澤先生は、私たちの学校で社会を教えている先生。

でも、去年は別の学校で吹奏楽を指導し、関西大会まで生徒を連れて行ったという、ちょっとした“伝説”の持ち主。

「おおっ次か、頑張ってー」

って応援してくれた。

「そろそろ行きますよー」

と、桜田先生の声で、またまた私たちの緊張は増す。

舞台裏のカーテンから客席のライトが見える。

これで最後、という覚悟と、深呼吸をして、私たちは、ステージに立った。

ライトがまぶしい。 客席が見えないほどの光の中で、私たちは立った。

譜面台の前に立ち、楽器を構える。

指揮台に桜田先生が上がる。

初めの第一音は、芽衣歌のユーフォと、私のホルン。

先生の手が、静かに上がる。

緊張が走る中、思い切って音を出す。

すると、ぴったり二人の音が合った。

芽衣歌と、目は合わせないけど、心がつながっているように二人の心の中で、初めのミッションはクリアと、ガッツポーズをした。

その瞬間、音楽室で過ごしたすべての日々が、胸に蘇った。


そして——


桜田先生の指揮は、いつもより少し柔らかくて、でも真剣な顔だった。。

その手の動きに、私たちは全力で応えた。

先生の中に宿る命と、先生の最後の指揮、それに悲しく、でも、美しいように感じる。

芽衣歌のユーフォが、深く響く。

詩妃のトランペットが、彩る。

私のホルンは、今までで一番、遠くまで届いた気がした。

曲の最後、汽車がトンネルを抜けるように、音が加速する。

桜田先生の手が、ぐっと上がり—— そして、静かに下ろされた。

音が止まった。

ホールに、静寂が戻る。

一瞬の沈黙。

そして、拍手。

客席から、温かく、力強い拍手が響いた。

私は、楽器を抱えたまま、そっと息を吐いた。

——終わった。

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