ぶーってよばないで!改訂版
【レッスン室】〜【清好堂】
フランツ・リオンリサイタルの翌日。門下生を代表して公開レッスンを受けた周ちゃんは、本宮先生から「素晴らしい」とまで言われた。その姿を思い出すと、私まで胸がじんわり熱くなる。
レッスン後、本宮先生に呼び止められた周ちゃんを残して、私は一人で教室を後にした。
外は、冬の夕暮れ。冷たい風に頬を撫でられると、自然と心細くなる。はぁーー思わずため息がでる。
「真瑠璃!」
聞き慣れた声に振り返った瞬間、胸がぎゅっと掴まれる。
隆也…。昭和堂以来だ。あの時のことがよみがえる。
喉が急に締め付けられたようで、思うように声が出ない。
久しぶりに見る隆也は、背が伸び、表情もどこか大人びて見えた。
心臓の音が大きすぎて、隆也に聞こえてしまうんじゃないかと焦る。
「久しぶり…だね。元気だった…?」
「うん…」
たったそれだけなのに、距離が遠く感じてしまう。
でも、せっかく会えたのにこのままじゃいやだ。勇気を出して言葉を絞り出す。
「そっそうだ…時間ある…?ちょっと寄りたい所があって。」
一瞬の沈黙。胸の奥がじんじん痛む。断られたらどうしよう…。
「うん…」
その返事に、全身がふわっと軽くなった。
隆也と並んで歩く帰り道。沈黙さえ心地よいと感じるのは初めてかもしれない。
いつもあたり前に隣にいてくれた隆也。
それはーーあたり前じゃなかったんだ。
幼なじみとして過ごしてきた時間が、今は特別なものに感じられる。
「そこの角を曲がって…」
「行きたい場所って、清好堂⁉︎」
「そう!なんで分かったの⁉︎」
「俺も、久しぶりに行きたかったんだ!」
やっぱり、隆也とは気が合う。ただの幼なじみだからじゃない、
隆也はーー。
【清好堂】
「こんにちは!」
「おや、真瑠璃ちゃん。いらっしゃい。この間のお友達も一緒に来てくれたのね。」
木の温もりが残る店内に、和菓子の甘い香りが漂う。おばあちゃんの笑顔に迎えられると、胸の奥の緊張までほぐれていく。
「わぁ!苺大福!私、苺大福とみたらし団子が食べたい!隆也は?」
「俺も!」
「お茶を淹れてくるから、座って待っていてねえ。」
二人並んで椅子に腰掛ける。なんでもない時間なのに、心がぽかぽかと温かい。
「真瑠璃。…なんだか、ほっとするな。」
「うん。」
隆也も同じ気持ちなんだ。
同じ言葉で同じ時間を共有できることが、嬉しくてたまらない。
「俺さ、勉強がうまくいかなくて投げ出したくなる時があるんだ。でも…こうして清好堂に来て、真瑠璃と話してたら、気持ちがスーッと軽くなった。」
「…うん!」
「ありがとうな。」
隆也の言葉が、胸の奥にしみ込んでいく。
完璧に見える隆也も、私と同じように悩んでいるんだ。
誰からも憧れの存在で、優しくてーー完璧な隆也には悩みなんて一つもないと思っていたけれど、そんなことないよね。みんな悩みながら成長していくんだよね。
隆也の心の声を聞かせてくれて、私はとても嬉しくなっていた。
「お待たせしましたね。」
「うわ〜美味しそう!」
「本当だね!」
おばあちゃんが持ってきてくれた苺大福とみたらし団子は、私と隆也に『がんばれ〜』って背中をそっと押してくれているようだった。
「二人とも、とっても仲が良いんだね。」
「私たち、生まれた時からずっと一緒なんです!」
「え⁉︎びっくりしちゃったわねえ。そんなに長い間一緒に成長しているんだねえ。」
「そうなんです!」
おばあちゃんがふと遠くを見るように目を細めた。
「二人を見ていたらね、五年前に娘が結婚したい人がいるって連れてきてくれた時のことを、思い出しちゃったわ。」
「おばあちゃんの娘さんもピアノをしていたんだって!隆也と同じ特待コースで、お医者さん目指していたんだって!でもね、ピアノでオーストリアに留学したんだって!凄すぎるよね‼︎」
「俺と真瑠璃の夢を、一人で追いかけている感じだ!」
おばあちゃんは小さく笑ったあと、少し寂しそうに続けた。
「それがね…お父さんが“外国人とは結婚を認めん!”って、どんな方かも分かろうとせずにね。それから、連絡が取れなくなってしまったの。私はね、本当はもっとちゃんとお父さんと娘の間に入って、架け橋にならなければいけなかったのに。とても後悔しているのよ。」
「そうだったんですね……。」
胸が少し痛くなる。
おばあちゃんの娘さんも、自分の夢と大切な人を選んで進んだんだ。
やっぱり、人ってそれぞれ、色んなことを抱えて悩みながら前に進んでいるんだね…。
「あらやだ、ごめんねえ。つい、真瑠璃ちゃんに会うと娘を思い出しちゃってねえ。いつも話を聞いてもらって、ありがとうね。」
「ううん!そんなことないんです。私、おばあちゃんに会うと心がほっとして、いつも幸せな気持ちでいっぱいになるんです!」
「まあ、嬉しいことを言ってくれるのねえ。ありがとう。ゆっくりしていってね。」
そう言って、おばあちゃんはまたお店の奥へ戻っていった。
テーブルの上には、まだ温かいお茶と和菓子。
その湯気に包まれながら、私は隆也の横顔を見た。
さっきまでの胸のドキドキとは違う、静かであたたかな気持ちが心に広がっていた。
フランツ・リオンリサイタルの翌日。門下生を代表して公開レッスンを受けた周ちゃんは、本宮先生から「素晴らしい」とまで言われた。その姿を思い出すと、私まで胸がじんわり熱くなる。
レッスン後、本宮先生に呼び止められた周ちゃんを残して、私は一人で教室を後にした。
外は、冬の夕暮れ。冷たい風に頬を撫でられると、自然と心細くなる。はぁーー思わずため息がでる。
「真瑠璃!」
聞き慣れた声に振り返った瞬間、胸がぎゅっと掴まれる。
隆也…。昭和堂以来だ。あの時のことがよみがえる。
喉が急に締め付けられたようで、思うように声が出ない。
久しぶりに見る隆也は、背が伸び、表情もどこか大人びて見えた。
心臓の音が大きすぎて、隆也に聞こえてしまうんじゃないかと焦る。
「久しぶり…だね。元気だった…?」
「うん…」
たったそれだけなのに、距離が遠く感じてしまう。
でも、せっかく会えたのにこのままじゃいやだ。勇気を出して言葉を絞り出す。
「そっそうだ…時間ある…?ちょっと寄りたい所があって。」
一瞬の沈黙。胸の奥がじんじん痛む。断られたらどうしよう…。
「うん…」
その返事に、全身がふわっと軽くなった。
隆也と並んで歩く帰り道。沈黙さえ心地よいと感じるのは初めてかもしれない。
いつもあたり前に隣にいてくれた隆也。
それはーーあたり前じゃなかったんだ。
幼なじみとして過ごしてきた時間が、今は特別なものに感じられる。
「そこの角を曲がって…」
「行きたい場所って、清好堂⁉︎」
「そう!なんで分かったの⁉︎」
「俺も、久しぶりに行きたかったんだ!」
やっぱり、隆也とは気が合う。ただの幼なじみだからじゃない、
隆也はーー。
【清好堂】
「こんにちは!」
「おや、真瑠璃ちゃん。いらっしゃい。この間のお友達も一緒に来てくれたのね。」
木の温もりが残る店内に、和菓子の甘い香りが漂う。おばあちゃんの笑顔に迎えられると、胸の奥の緊張までほぐれていく。
「わぁ!苺大福!私、苺大福とみたらし団子が食べたい!隆也は?」
「俺も!」
「お茶を淹れてくるから、座って待っていてねえ。」
二人並んで椅子に腰掛ける。なんでもない時間なのに、心がぽかぽかと温かい。
「真瑠璃。…なんだか、ほっとするな。」
「うん。」
隆也も同じ気持ちなんだ。
同じ言葉で同じ時間を共有できることが、嬉しくてたまらない。
「俺さ、勉強がうまくいかなくて投げ出したくなる時があるんだ。でも…こうして清好堂に来て、真瑠璃と話してたら、気持ちがスーッと軽くなった。」
「…うん!」
「ありがとうな。」
隆也の言葉が、胸の奥にしみ込んでいく。
完璧に見える隆也も、私と同じように悩んでいるんだ。
誰からも憧れの存在で、優しくてーー完璧な隆也には悩みなんて一つもないと思っていたけれど、そんなことないよね。みんな悩みながら成長していくんだよね。
隆也の心の声を聞かせてくれて、私はとても嬉しくなっていた。
「お待たせしましたね。」
「うわ〜美味しそう!」
「本当だね!」
おばあちゃんが持ってきてくれた苺大福とみたらし団子は、私と隆也に『がんばれ〜』って背中をそっと押してくれているようだった。
「二人とも、とっても仲が良いんだね。」
「私たち、生まれた時からずっと一緒なんです!」
「え⁉︎びっくりしちゃったわねえ。そんなに長い間一緒に成長しているんだねえ。」
「そうなんです!」
おばあちゃんがふと遠くを見るように目を細めた。
「二人を見ていたらね、五年前に娘が結婚したい人がいるって連れてきてくれた時のことを、思い出しちゃったわ。」
「おばあちゃんの娘さんもピアノをしていたんだって!隆也と同じ特待コースで、お医者さん目指していたんだって!でもね、ピアノでオーストリアに留学したんだって!凄すぎるよね‼︎」
「俺と真瑠璃の夢を、一人で追いかけている感じだ!」
おばあちゃんは小さく笑ったあと、少し寂しそうに続けた。
「それがね…お父さんが“外国人とは結婚を認めん!”って、どんな方かも分かろうとせずにね。それから、連絡が取れなくなってしまったの。私はね、本当はもっとちゃんとお父さんと娘の間に入って、架け橋にならなければいけなかったのに。とても後悔しているのよ。」
「そうだったんですね……。」
胸が少し痛くなる。
おばあちゃんの娘さんも、自分の夢と大切な人を選んで進んだんだ。
やっぱり、人ってそれぞれ、色んなことを抱えて悩みながら前に進んでいるんだね…。
「あらやだ、ごめんねえ。つい、真瑠璃ちゃんに会うと娘を思い出しちゃってねえ。いつも話を聞いてもらって、ありがとうね。」
「ううん!そんなことないんです。私、おばあちゃんに会うと心がほっとして、いつも幸せな気持ちでいっぱいになるんです!」
「まあ、嬉しいことを言ってくれるのねえ。ありがとう。ゆっくりしていってね。」
そう言って、おばあちゃんはまたお店の奥へ戻っていった。
テーブルの上には、まだ温かいお茶と和菓子。
その湯気に包まれながら、私は隆也の横顔を見た。
さっきまでの胸のドキドキとは違う、静かであたたかな気持ちが心に広がっていた。