きみと、まるはだかの恋
「引き続きよろしくお願いしますね。ハナさん」
会議室の中を漂う金木犀の香りを名残惜しく思いつつ席を立つ。コスメを扱う会社ではこういった香りがすることが多く、仕事をしつつも癒されるから不思議だ。かくいう自分も、香水の紹介案件をよく受けるので、自分の身にまとうことが多い。あとは部屋でルームフレングランスなんかも多用している。生活にストレスが多いぶん、せめて香りで癒されたいという欲求が自然と湧き上がってくるのだ。
『セキレイ』さんを後にした私は、近くのカフェでお昼ごはんを食べて、十三時前にアパレル雑誌『HaNa23』さんの撮影に向かった。こちらのオフィスは飯田橋にある。ここはさすがに徒歩ではなく電車に乗っていく。歩くのは朝だけだ。東京二十三区内では基本的に電車に乗りさえすればどこも短時間で移動できるから、その点は楽だなと思う。地元の町田市は東京といっても郊外だから、どちらかというと自分は田舎者だと思っている。
町田か……。
ひとたび故郷のことを思い出すと、つい彼の顔が浮かんでしまう。
大学から二十三区に繰り出してきた私としては、町田での思い出は高校時代のものが色濃い。中学だって同じ三年間を過ごしたのに、最後の三年間、彼の――昴の隣で過ごしたあの日々の記憶は今でも脳に、いや心臓に、深く刻み込まれている。
「ずっと隣じゃなかったのにね」
三年生になって、昴は後輩女子と付き合い出したから、それ以降は隣にはいられなかった。友達としては変わらず一緒にバカやったりはしゃいだりしたけれど。私の気持ちはずっと彼を想いながら、実ることのない片想いをこじらせていた。
……て、やだ私。
昼間から、しかも今から顧客に会いに行くというときに思い出すことじゃないって。
頭の中から邪念を振り払って飯田橋のオフィスへと向かう。見上げた空には今日一日でいちばんの灼熱を放つ太陽が、容赦なく私を照らし続けていた。