きみと、まるはだかの恋
「終わった……」
あれから、『HaNa23』さんの撮影と、旅行情報PR会社『ベストツーリズム』さんとの打ち合わせを終えて、十七時過ぎ。電車に乗って中目黒駅まで帰ってきた。ここから自宅までは徒歩五分で到着する。自宅に帰る前にスーパーに寄って行こうと、ふらふらとした足取りで川沿いの道を歩いた。
歩きながら、今日の仕事を振り返る。
『HaNa23』さんでの撮影はいつも通りだった。ファッション雑誌のモデルとして起用していただいているので、決められた服を着て指示通りのポーズをとる。「ハナちゃん今日もいい笑顔」とカメラマンさんに褒められても、特に感情が動くことはない。お世辞でも本音でも言われすぎて、心が麻痺してしまっている。
普段と変わっていたのは、旅行情報メディア『ベストツーリズム』さんでの打ち合わせのほうだ。
『ベストツーリズム』は日本各地の観光地や、穴場スポットを紹介しているPR会社だ。旅情報メディア、SNSなどで様々な施策を打ち、旅行産業を盛り上げるべく活動している。
担当の北村プロデューサーが、きりりとした眉を上下に動かしながらとある企画について話してくれた。
『ハナさんは山梨県にある星見里という村を知っていますか?』
『星見里、ですか。聞いたことないですね』
『小さな村だから仕方ないと思います。星見里は自然豊かな村で、星が美しい村として注目を浴び始めているんです。あと、農作物の栽培も盛んで。そんな自然に囲まれた地域のPRとして一緒に取材をしていただけないかというご相談でして』
『ロケということですか』
『そうなりますね。当日の交通費、食費等はすべてこちら持ちです。撮影した映像は編集して各種SNSとうちのオウンドメディアにて配信する予定です。いかがでしょう?』
『ベストツーリズム』さんのオウンドメディアである『ザ・ベスト』は月間数百万人のひとが閲覧する、今や日本の代表ともいえる旅行情報メディアだ。そこに動画で載るということは、かなりの価値がある。
報酬のことだけではない。自分という人間を売り込むには絶好の機会に違いなかった。
『分かりました。ぜひ、ご一緒させてください』
そういうわけで、私は『ベストツーリズム』さんの企画の一環として、山梨県星見里郡星見里を訪ねることになったのだ。
普段とはちがう仕事に、ずっと胸がドキドキと鳴っている。でもこれは、ときめきなどというきらびやかな感情ではない。うまく仕事をこなさなくちゃいけない、というプレッシャーからくる緊張だ。
自宅のタワーマンションは駅からすぐに見えるので、目印に向かって歩いていく。見上げた空には沈みかけた太陽が、東京の街を夕闇へといざなう。目黒川の水面も、ゆらめく陽光を映し出す。すぐにマンションにたどり着いた。こんな立派なマンションに住んでいたって、なんだか心はずっと満たされない。
星見里の空は東京の空なんか比較にならないぐらい満天の星が見えるのだろうな、と思う。
吐き出した息が、まだそこかしこに居座る夏の空気に溶けていった。
あれから、『HaNa23』さんの撮影と、旅行情報PR会社『ベストツーリズム』さんとの打ち合わせを終えて、十七時過ぎ。電車に乗って中目黒駅まで帰ってきた。ここから自宅までは徒歩五分で到着する。自宅に帰る前にスーパーに寄って行こうと、ふらふらとした足取りで川沿いの道を歩いた。
歩きながら、今日の仕事を振り返る。
『HaNa23』さんでの撮影はいつも通りだった。ファッション雑誌のモデルとして起用していただいているので、決められた服を着て指示通りのポーズをとる。「ハナちゃん今日もいい笑顔」とカメラマンさんに褒められても、特に感情が動くことはない。お世辞でも本音でも言われすぎて、心が麻痺してしまっている。
普段と変わっていたのは、旅行情報メディア『ベストツーリズム』さんでの打ち合わせのほうだ。
『ベストツーリズム』は日本各地の観光地や、穴場スポットを紹介しているPR会社だ。旅情報メディア、SNSなどで様々な施策を打ち、旅行産業を盛り上げるべく活動している。
担当の北村プロデューサーが、きりりとした眉を上下に動かしながらとある企画について話してくれた。
『ハナさんは山梨県にある星見里という村を知っていますか?』
『星見里、ですか。聞いたことないですね』
『小さな村だから仕方ないと思います。星見里は自然豊かな村で、星が美しい村として注目を浴び始めているんです。あと、農作物の栽培も盛んで。そんな自然に囲まれた地域のPRとして一緒に取材をしていただけないかというご相談でして』
『ロケということですか』
『そうなりますね。当日の交通費、食費等はすべてこちら持ちです。撮影した映像は編集して各種SNSとうちのオウンドメディアにて配信する予定です。いかがでしょう?』
『ベストツーリズム』さんのオウンドメディアである『ザ・ベスト』は月間数百万人のひとが閲覧する、今や日本の代表ともいえる旅行情報メディアだ。そこに動画で載るということは、かなりの価値がある。
報酬のことだけではない。自分という人間を売り込むには絶好の機会に違いなかった。
『分かりました。ぜひ、ご一緒させてください』
そういうわけで、私は『ベストツーリズム』さんの企画の一環として、山梨県星見里郡星見里を訪ねることになったのだ。
普段とはちがう仕事に、ずっと胸がドキドキと鳴っている。でもこれは、ときめきなどというきらびやかな感情ではない。うまく仕事をこなさなくちゃいけない、というプレッシャーからくる緊張だ。
自宅のタワーマンションは駅からすぐに見えるので、目印に向かって歩いていく。見上げた空には沈みかけた太陽が、東京の街を夕闇へといざなう。目黒川の水面も、ゆらめく陽光を映し出す。すぐにマンションにたどり着いた。こんな立派なマンションに住んでいたって、なんだか心はずっと満たされない。
星見里の空は東京の空なんか比較にならないぐらい満天の星が見えるのだろうな、と思う。
吐き出した息が、まだそこかしこに居座る夏の空気に溶けていった。