失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜

ソフィア5

 騎士としての訓練に夢中になるエステルと違って、カークはどこか一線を引いていた。幼いとは言え貴族の子どもだ。自分の身の振り方について、いつかは真剣に考えなければならないときがやってくる。カークを雇っているのは父王だが、乳兄弟という仲もあって、ソフィア自身が彼の主人であるとも言えた。

 だから彼が望む将来を、ソフィアも出来る限り手助けするつもりでいた。騎士になりたいのであれば推薦する気でいたし、侍従や身の回りの世話をする小間使いという選択を望めば叶えてやるつもりだ。

 幼い頃から王家の姫に仕えることが生業(なりわい)だったせいか、彼はあまり自分の希望を口にする性分ではなかった。大人から菓子を与えられても、まずエステルに選ばせてから自分は残った方を取る。そこにソフィアが混ざれば、当然ソフィアにも譲る。主導権はいつもエステルにあって、彼はそれに従うのみ。

 そんな彼が初めて口にした希望が「騎士になりたい」ということだった。

 きっかけはソフィアが街中で襲撃された事件だ。視察を兼ねた街歩きの最中に、露店商に扮した刺客に突然襲われた。

 犯人は取り潰しになった伯爵家の者だった。九歳の王太女ソフィアが税務記録からくだんの伯爵家の不正に気づき、そこから芋蔓式に王都の高利貸しとの違法な取引にまで辿り着いて、騎士団総出の大捕物となった事件の、逆恨みからくる犯行だった。

 いつも通りの街の様子を確かめたかったソフィアは、そうとは知らずに自ら犯人である露天商に話しかけてしまった。護衛の騎士たちは背後からその様子を眺めていた。

 刺客の正体は断罪された伯爵の息子だった。事件が発覚した際、彼はすでに他家に婿養子に出されており、実家の籍を抜けていたことと、事件に直接的な関与が認められなかったため無罪となっていた。後からわかったことだが、彼はその後婿養子先から離縁され、戻る家もなく人生から転落したことを恨み、自らが捕縛されることも命を失うことも承知の上で犯行に走ったのだった。

 幸い騎士たちの手によって犯人は呆気なく捕縛されたが、間の悪いことにソフィアのすぐ隣には、この日たまたま視察に同行していたカークもいた。エステルがはしかを発症して王城で隔離されていたため、久々にソフィアに従って城下に赴いていたのだ。

 エステルほどの本気度ではないにせよ、毎日騎士団の訓練に混ざっていた彼の身のこなしは、刃物の扱いに慣れない犯人の動きを逸すには十分だった。はじめ彼はソフィアを庇おうと身を乗り出し、すぐに騎士たちに取って変わられた。その際、犯人が振り翳した刃物が左腕を掠め、傷自体は深くはなかったものの、ショックのあまりその場で気を失ってしまった。

 目覚めたカークの見舞いに訪れたソフィアに対し、カークは「俺は騎士になります」と宣言した。

「騎士でも侍従でも小間使いでも、傍にいられるならなんだっていいと思っていました。でもソフィア様が襲われたのを見て……怖くなったんです。本当に失ってしまうのではないかと、そう思ったら、傍にいて見守るだけじゃ足りないんだとわかりました。だから俺は騎士になります。守る力を手に入れて、その上で……ソフィア様に剣を捧げます」
「カーク……」

 彼のうちに湧き上がった決意と忠誠を目の当たりにしたソフィアは、だから応えた。

「あなたの忠誠に相応しい女王となれるよう、これからも努めるわ」

 常に向上心を持ち努力し続けるソフィアにとって、そこにまたひとつ何かが加わったところで重荷になるはずもない。

 与えられたなら与え返す。王太女として当たり前の行動を取ったまでのこと。

 それが幼い頃より見知った乳兄弟だったからこそ、その思いに少しだけ重きを置いた。加えてその日から、騎士団の訓練に積極的に混ざるようになったカークはめきめきと成長して、幼いソフィアの乙女心をくすぐる存在になった。

 気がつけば自分よりも背丈が伸びた彼は、十三の年に騎士学校へと進学するため、王城を去っていった。



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