失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
ソフィア13
翌日、首元まできっちり覆ったドレスに身を包んだソフィアは、予定通り議会に出席した。そこでソフィアとユリウスの婚約が正式に受理された。
どうかすると宰相よりも、その背後に控えるユリウスに目がいってしまいそうになるのをごまかしながらその他の議題にも対応したが、どこか本調子ではない気がしていたたまれない。
そんなソフィアに追い討ちをかけるかのように、議会終了後にユリウスが近づいてきた。
「お部屋までエスコートする栄誉を頂けますか」
「……」
咄嗟のことで返答に困るソフィアに、周囲からの視線は生ぬるかった。婚約者となった男性に傅かれることに照れているのだろうと、そう誤解されていることがありありとわかる。
議会に出席していた父王も微笑んで二人を見守っていた。宰相の表情はやや硬い印象だったが、「このまま休憩してきなさい」と部下を送り出す。拒否権がないことを悟ったソフィアは、「お願いします」と告げるよりほかなかった。声が震えてしまうのを、はたして気づいた者がいるだろうか。
自分はこの人が怖いのだろうかと、改めてユリウスを見つめれば、ありきたりの視線が普通に返ってきた。隣を行く彼は実に紳士的で、ソフィアの歩みにも過不足なく合わせてくれる。まるで昨日の出来事などなかったかのような穏やかさだ。
だが現実は。
昨日の午睡から覚めて、晩餐の前に寝汗を落とそうと湯浴みをしたソフィアの鎖骨には、彼がつけた噛み跡が確かにあった。痛みこそ感じたが、そこまで強く噛み付かれたわけではない。それでもみみず腫れのように残った傷に湯が滲みて、ひりりとソフィアの心までをも引っ掻いた。
王女として大切に傅かれてきた自分に、初めてつけられた傷。その意味を、ソフィアはまだ把握しきれていない。戸惑うような、いたたまれないような、そんな気持ちで歩いていると、隣でふっと息を漏らす気配があった。
「先ほど、議会で私を見ておられましたね。目が合ったとき、慌てて逸らしていらしたでしょう」
「そんなこと……っ」
「すぐに立て直して、いつもの完璧な王太女の姿に戻ってしまわれて残念でした。……取り乱したあなたの方が好みだったので」
「————!!」
あの一瞬の気持ちの揺れを見抜かれたことが、ソフィアには衝撃だった。失敗を取り繕うかのように彼女は小さく声を荒げた。
「あなたが昨日、あんなことをするから……っ」
「婚約を破棄したくなりましたか?」
「それは……」
王太女である自分の婚約はもはや国事だ。たった今議会にも承認された。今更覆すことなどできない。ソフィアが心から望んだとしても、いろんな意味で許されない。なぜなら自分は王族であり、その言動には誰よりも重い責任が付きまとう。
「まさか一度承諾したことを覆したりしませんよね? 未来の女王であるあなたが、家臣の心を弄ぶのですか。……酷い女性だ」
考えていたことの図星を指され、ソフィアは慌てて首を振った。
どうかすると宰相よりも、その背後に控えるユリウスに目がいってしまいそうになるのをごまかしながらその他の議題にも対応したが、どこか本調子ではない気がしていたたまれない。
そんなソフィアに追い討ちをかけるかのように、議会終了後にユリウスが近づいてきた。
「お部屋までエスコートする栄誉を頂けますか」
「……」
咄嗟のことで返答に困るソフィアに、周囲からの視線は生ぬるかった。婚約者となった男性に傅かれることに照れているのだろうと、そう誤解されていることがありありとわかる。
議会に出席していた父王も微笑んで二人を見守っていた。宰相の表情はやや硬い印象だったが、「このまま休憩してきなさい」と部下を送り出す。拒否権がないことを悟ったソフィアは、「お願いします」と告げるよりほかなかった。声が震えてしまうのを、はたして気づいた者がいるだろうか。
自分はこの人が怖いのだろうかと、改めてユリウスを見つめれば、ありきたりの視線が普通に返ってきた。隣を行く彼は実に紳士的で、ソフィアの歩みにも過不足なく合わせてくれる。まるで昨日の出来事などなかったかのような穏やかさだ。
だが現実は。
昨日の午睡から覚めて、晩餐の前に寝汗を落とそうと湯浴みをしたソフィアの鎖骨には、彼がつけた噛み跡が確かにあった。痛みこそ感じたが、そこまで強く噛み付かれたわけではない。それでもみみず腫れのように残った傷に湯が滲みて、ひりりとソフィアの心までをも引っ掻いた。
王女として大切に傅かれてきた自分に、初めてつけられた傷。その意味を、ソフィアはまだ把握しきれていない。戸惑うような、いたたまれないような、そんな気持ちで歩いていると、隣でふっと息を漏らす気配があった。
「先ほど、議会で私を見ておられましたね。目が合ったとき、慌てて逸らしていらしたでしょう」
「そんなこと……っ」
「すぐに立て直して、いつもの完璧な王太女の姿に戻ってしまわれて残念でした。……取り乱したあなたの方が好みだったので」
「————!!」
あの一瞬の気持ちの揺れを見抜かれたことが、ソフィアには衝撃だった。失敗を取り繕うかのように彼女は小さく声を荒げた。
「あなたが昨日、あんなことをするから……っ」
「婚約を破棄したくなりましたか?」
「それは……」
王太女である自分の婚約はもはや国事だ。たった今議会にも承認された。今更覆すことなどできない。ソフィアが心から望んだとしても、いろんな意味で許されない。なぜなら自分は王族であり、その言動には誰よりも重い責任が付きまとう。
「まさか一度承諾したことを覆したりしませんよね? 未来の女王であるあなたが、家臣の心を弄ぶのですか。……酷い女性だ」
考えていたことの図星を指され、ソフィアは慌てて首を振った。