失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜

ソフィア14

「心外です。そんなことするはずないわ」

 王家の姫として未来の女王として、そうあるよう求められ、実践してきた。だから、この怪しい男との婚約を破棄することなどもうできないのだと己を納得させ、自由な方の手を胸の上で握りしめた。

(……今更なかったことにできないから、婚約を続けるより他ないのよ)

 何度も繰り返し自分に言い聞かせる。そうでもしなければ、鎖骨の痛みとそれを覆うほどの熱がぶり返して、ますます朦朧としてしまいそうだ。

 こんな感情を自分は知らない。今まで読み漁ったあらゆる書物にも、こんなときの対処法など書かれていなかった。

 こわい、けれどもっとほしい——。矛盾した状況で、自分はなぜかこの男の手を振り払えない。見えないものに絡め取られたかのような閉塞感に、息苦しささえ覚えた。思えば英雄であるカークが帰還してから、いや、それ以前から、うまい具合にピースがぱたぱたと噛み合う出来事が多すぎる。まるで見えざる手がソフィアや王国を(いざな)っているかのようだ。

 その手に、なぜか隣を行く婚約した男の手が重なって見える気がして、そんなはずはないと軽く首を揺らした。ここ数日の怒涛のような展開に、さすがの自分も疲れているのだろうと無理矢理納得させる。

 そんなソフィアを見て、襟の詰まったドレスの下の、自分がつけた愛しい傷を思って、ユリウスはますます笑みを深めた。

 己の恋を叶えるために彼が費やした時間は——実に十年。

 そのことを、ソフィアはまだ知らない。



ソフィア編・Fin
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