失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
ユリウス5
男が言った通り、父は別の商会でもお金を借りていた。総額すると一億ルイを越える金額だ。
ユリウスが遡って調査した結果、元々ランバート家の借金は、ユリウスがかつて試算した金額より多少多い程度だった。わずかに想定を超えていたのは、母親の時代の借金を計算に入れてなかったからであろう。
そしてそのお金は今回の金貸しではなく、別の真っ当な商会から借りていたものだった。だがあるとき返済が滞ってしまい、別のところから借りざるを得なくなってしまった。それを数回繰り返したのち、くだんの金貸し業の男が経営する商会に頼らざるを得なくなったようだ。さらに男は父が他店で借りていた証文を買い取り、自身の店に一本化した。残念なことにこの方法は違法でないため、ユリウスも突くことができない。そしてその間に、利子は途方もない金額に膨れ上がった。
返済に困った父に隣国の商会が運営する金貸しの店を紹介したのも策略のうちだったのだろう。そうやって借金漬けにされた貴族は何もランバート家だけではなかった。そこまで突き止めたユリウスは、法律の専門家や王城の刑罰を担当する部所に掛け合ったが、男の店はぎりぎり違法性がなく、また他国の店については治外法権が適応され、問題の解決には至らなかった。
十六の学生、親はなく、病気の兄とまだ子どもといえる妹がいる身。今すぐ大学を辞めて働きに出たところで、一億ルイの借金の返済にどれだけ時間がかかることか。それ以前に毎月やってくる分割返済する金もなく、他国の店でいたずらに借金が増えていく無限地獄。
だが焼石に水であろうと、自分が働きに出るよりほかにない。場合によっては妹にも奉公に出てもらわねばならず、兄の静養も打ち切らざるを得ない。そう判断して退学届を提出しようとした矢先。
金貸しの男が、借金の一括返済を求めてきた。
到底答えられる要求ではない。突っぱねようとしたユリウスに、男は嫌な笑みを浮かべた。
「返せないのであれば別のものでお支払いいただくしかありません。あなたの妹様は十四歳だそうですね。実にちょうどいい年齢です。あなたも随分と綺麗な顔をしていらっしゃいますから期待できるというものです。兄君は……病気だったのでしたか。役に立ちそうにないのでいりません」
「貴様……っ! その汚い口を今すぐ閉じろ!」
男の言外の意味を理解したユリウスは思わず掴み掛かった。だが男は畳み掛けるように言い返した。
「借金の返済のために奉公に出ることはよくあることです。奉公先をこちらが斡旋するのもごく当たり前のこと。なんら違法性はありませんよ。行き先がどんな場所であれ、ね」
残念ながら男の言は正しかった。借金のカタに子女を娼館に売る話は、表沙汰にはしにくいが珍しい話とも言えない。そしてそれを縛る法律はない。
最初からそれが狙いで、世辞に疎い父を嵌めたのだ。父だけではない、高利貸しの被害にあった人間はすべて彼らの掌で踊らされていただけ。隣国の商会も当然グル。
ユリウスがどれだけ知略を巡らせても、金を工面する方法は見当たらなかった。実家の屋敷を売ろうにも、辺境に近い土地の田舎家など買い手はつかない。この国では爵位を売ることはできないから、維持できなくなれば王家に返還するだけだ。かといって平民となっても借金がなくなるわけではない。
それに平民になってしまえば、妹が子爵家に嫁ぐことはできなくなるだろう。生活が苦しい中で貴族の娘らしいことは何もさせてやれず、それでも健気に長兄の看病をし、家事を手伝い、ただ幼馴染との結婚を夢見ている彼女があまりに不憫だ。
「どうすればいい……いったい、どうすれば」
かくなる上は自分が身売りして兄と妹を助けるか——だがユリウスを売り飛ばしたその足で妹を毒牙にかけないとも限らない。自分の身かわいさの話でなく、手段として不十分だと頭の中の冷静な部分が告げる。
己の無力さが憎かった。十六という若さが憎かった。絶望の淵の際に立って底の見えない穴を胡乱に見下ろしていたとき——。
くだんの高利貸しの男が騎士団に捕縛された。
ユリウスが遡って調査した結果、元々ランバート家の借金は、ユリウスがかつて試算した金額より多少多い程度だった。わずかに想定を超えていたのは、母親の時代の借金を計算に入れてなかったからであろう。
そしてそのお金は今回の金貸しではなく、別の真っ当な商会から借りていたものだった。だがあるとき返済が滞ってしまい、別のところから借りざるを得なくなってしまった。それを数回繰り返したのち、くだんの金貸し業の男が経営する商会に頼らざるを得なくなったようだ。さらに男は父が他店で借りていた証文を買い取り、自身の店に一本化した。残念なことにこの方法は違法でないため、ユリウスも突くことができない。そしてその間に、利子は途方もない金額に膨れ上がった。
返済に困った父に隣国の商会が運営する金貸しの店を紹介したのも策略のうちだったのだろう。そうやって借金漬けにされた貴族は何もランバート家だけではなかった。そこまで突き止めたユリウスは、法律の専門家や王城の刑罰を担当する部所に掛け合ったが、男の店はぎりぎり違法性がなく、また他国の店については治外法権が適応され、問題の解決には至らなかった。
十六の学生、親はなく、病気の兄とまだ子どもといえる妹がいる身。今すぐ大学を辞めて働きに出たところで、一億ルイの借金の返済にどれだけ時間がかかることか。それ以前に毎月やってくる分割返済する金もなく、他国の店でいたずらに借金が増えていく無限地獄。
だが焼石に水であろうと、自分が働きに出るよりほかにない。場合によっては妹にも奉公に出てもらわねばならず、兄の静養も打ち切らざるを得ない。そう判断して退学届を提出しようとした矢先。
金貸しの男が、借金の一括返済を求めてきた。
到底答えられる要求ではない。突っぱねようとしたユリウスに、男は嫌な笑みを浮かべた。
「返せないのであれば別のものでお支払いいただくしかありません。あなたの妹様は十四歳だそうですね。実にちょうどいい年齢です。あなたも随分と綺麗な顔をしていらっしゃいますから期待できるというものです。兄君は……病気だったのでしたか。役に立ちそうにないのでいりません」
「貴様……っ! その汚い口を今すぐ閉じろ!」
男の言外の意味を理解したユリウスは思わず掴み掛かった。だが男は畳み掛けるように言い返した。
「借金の返済のために奉公に出ることはよくあることです。奉公先をこちらが斡旋するのもごく当たり前のこと。なんら違法性はありませんよ。行き先がどんな場所であれ、ね」
残念ながら男の言は正しかった。借金のカタに子女を娼館に売る話は、表沙汰にはしにくいが珍しい話とも言えない。そしてそれを縛る法律はない。
最初からそれが狙いで、世辞に疎い父を嵌めたのだ。父だけではない、高利貸しの被害にあった人間はすべて彼らの掌で踊らされていただけ。隣国の商会も当然グル。
ユリウスがどれだけ知略を巡らせても、金を工面する方法は見当たらなかった。実家の屋敷を売ろうにも、辺境に近い土地の田舎家など買い手はつかない。この国では爵位を売ることはできないから、維持できなくなれば王家に返還するだけだ。かといって平民となっても借金がなくなるわけではない。
それに平民になってしまえば、妹が子爵家に嫁ぐことはできなくなるだろう。生活が苦しい中で貴族の娘らしいことは何もさせてやれず、それでも健気に長兄の看病をし、家事を手伝い、ただ幼馴染との結婚を夢見ている彼女があまりに不憫だ。
「どうすればいい……いったい、どうすれば」
かくなる上は自分が身売りして兄と妹を助けるか——だがユリウスを売り飛ばしたその足で妹を毒牙にかけないとも限らない。自分の身かわいさの話でなく、手段として不十分だと頭の中の冷静な部分が告げる。
己の無力さが憎かった。十六という若さが憎かった。絶望の淵の際に立って底の見えない穴を胡乱に見下ろしていたとき——。
くだんの高利貸しの男が騎士団に捕縛された。