失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
ユリウス4
有言実行とばかりにユリウスは翌年には大学に合格してみせた。十六歳という若さで主席合格となった彼は特待生として奨学金を得ることができ、苦しい家計を助けることになる。
父の手配で兄スチュアートは温暖な地域で療養することになった。家を離れたことで何かのくびきから解き放たれたのか、病は快方へと向かっていると、父からの手紙で報告があった。
兄の治療代のために父が変わらず金策に走っている中、ユリウスはもどかしさを感じながらも勉学に打ち込んだ。目指すは狭き門と言われる最短五年での卒業だ。奨学金のおかげで学費は免除されているとはいえ、一日でも早く働きに出た方がいいのは当然のこと。急がば回れの精神で、自分にできることに真摯に取り組んだ。
だが、そんなユリウスの努力を嘲笑うかのような不幸が、ランバート家を襲った。
父が落石事故に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。
兄の見舞いに出向いた帰りの不幸な出来事だった。地盤の緩んだ山間の道を乗合馬車で抜けている最中に事故にあい、乗客全員が帰らぬ人となった。伯爵家当主が乗合馬車に乗っているなど誰も思わず、身元が判明するのがかなり遅れ、自宅で父の帰りを待っていた妹の元に連絡が届いたのは数週間後のこと。そこから王都にいるユリウスに連絡が入り、彼が大学を休んで現地に駆けつけた頃には、父の遺体は現地で埋葬された後だった。
借金返済のために、ランバート家は数年前に御者に暇を出していた。経費を節約するために父は貸し馬車でなく、平民に扮して乗合馬車を利用していたのだと、このとき知った。
それほどまでに伯爵家の財政は逼迫していたのかと、ユリウスは驚愕した。借金があるとは聞いていたが、具体的な金額までは知らされていない。
その詳細をユリウスに知らせたのは、王都で金貸し業を営む男だった。
「初めまして、ランバート新伯爵閣下。早速ですが、借金の返済が先々月から滞っているのです。急ぎ返済をお願いしたく、お伺いさせていただきました」
父は生前言っていた通り後継にユリウスを指名し、届出を変更していた。そのためユリウスが十六の若さで爵位を継承することになったわけだが、爵位や財産と同時に借財も受け継がねばならなかった。
金貸しの男から見せられた証文にユリウスは目を剥いた。
「六千万ルイだと!? 馬鹿な! 兄の薬代にしても、ここまで値が張るものではなかっただろう!」
王都に出てきてから、ユリウスは兄の病を治した新薬について調査してみたことがあった。決して安くはない金額だが、手が届かないというほどでもない。大学を卒業した後は官僚を目指そうとしていたユリウスだったが、贅沢をしなければ三、四年で十分返済可能だろうと試算できるほどで、肩の荷を少しだけ下ろしたものだ。
だが証文に書かれた金額は、彼が想定していたものの十倍はあった。途方も無い額に声を上げれば、男は底意地の悪い笑みを浮かべた。
「お金を借りるときは利子がつきものなのですよ。まさか大学を主席合格されたような方がご存じないとはおっしゃいませんよね」
言われて細かい条文を目で追えば、そこには違法性ぎりぎりともとれる悪条件が連なっていた。
「ふざけるなっ。こんな条件無効だ! 認められない!」
「お言葉ですが違法ではありませんよ。ちゃんと王国法の範囲内で運用していますのでね。それをわかった上であなたのお父上はサインされたのです。息子のあなたが踏み倒すなど許されませんよ」
男はユリウスの手から証文を奪い返し、立ち上がった。
「まぁ、今日のところは引き上げます。先々月分の返済については、不幸ごとに対する見舞金として返済免除といたしましょう。先月分と今月分の返済期限は今週末です。目処が立たなければいつもの通り、こちらへ」
「こちらとはなんだ」
「別の金貸し商会の連絡先です。お父上は借財の額が限度を超えてしまったため、うちの本店ではこれ以上お貸しできなかったのですよ。ですので別の借り入れ機関を紹介しました。それがこちらです。隣国の商人が運営する商会ですので、詳細はそちらにお問い合わせください。何せ我が国とは違う法律の元に運営されていますからね。ちなみにお父上はよくそちらでお金を借りて、うちへの返済に充てておられましたよ」
「な……っ」
「それではランバート新伯爵。期限はお守りいただけますよう」
そうして男はユリウスに他店の名刺を押し付け、去っていった。
父の手配で兄スチュアートは温暖な地域で療養することになった。家を離れたことで何かのくびきから解き放たれたのか、病は快方へと向かっていると、父からの手紙で報告があった。
兄の治療代のために父が変わらず金策に走っている中、ユリウスはもどかしさを感じながらも勉学に打ち込んだ。目指すは狭き門と言われる最短五年での卒業だ。奨学金のおかげで学費は免除されているとはいえ、一日でも早く働きに出た方がいいのは当然のこと。急がば回れの精神で、自分にできることに真摯に取り組んだ。
だが、そんなユリウスの努力を嘲笑うかのような不幸が、ランバート家を襲った。
父が落石事故に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。
兄の見舞いに出向いた帰りの不幸な出来事だった。地盤の緩んだ山間の道を乗合馬車で抜けている最中に事故にあい、乗客全員が帰らぬ人となった。伯爵家当主が乗合馬車に乗っているなど誰も思わず、身元が判明するのがかなり遅れ、自宅で父の帰りを待っていた妹の元に連絡が届いたのは数週間後のこと。そこから王都にいるユリウスに連絡が入り、彼が大学を休んで現地に駆けつけた頃には、父の遺体は現地で埋葬された後だった。
借金返済のために、ランバート家は数年前に御者に暇を出していた。経費を節約するために父は貸し馬車でなく、平民に扮して乗合馬車を利用していたのだと、このとき知った。
それほどまでに伯爵家の財政は逼迫していたのかと、ユリウスは驚愕した。借金があるとは聞いていたが、具体的な金額までは知らされていない。
その詳細をユリウスに知らせたのは、王都で金貸し業を営む男だった。
「初めまして、ランバート新伯爵閣下。早速ですが、借金の返済が先々月から滞っているのです。急ぎ返済をお願いしたく、お伺いさせていただきました」
父は生前言っていた通り後継にユリウスを指名し、届出を変更していた。そのためユリウスが十六の若さで爵位を継承することになったわけだが、爵位や財産と同時に借財も受け継がねばならなかった。
金貸しの男から見せられた証文にユリウスは目を剥いた。
「六千万ルイだと!? 馬鹿な! 兄の薬代にしても、ここまで値が張るものではなかっただろう!」
王都に出てきてから、ユリウスは兄の病を治した新薬について調査してみたことがあった。決して安くはない金額だが、手が届かないというほどでもない。大学を卒業した後は官僚を目指そうとしていたユリウスだったが、贅沢をしなければ三、四年で十分返済可能だろうと試算できるほどで、肩の荷を少しだけ下ろしたものだ。
だが証文に書かれた金額は、彼が想定していたものの十倍はあった。途方も無い額に声を上げれば、男は底意地の悪い笑みを浮かべた。
「お金を借りるときは利子がつきものなのですよ。まさか大学を主席合格されたような方がご存じないとはおっしゃいませんよね」
言われて細かい条文を目で追えば、そこには違法性ぎりぎりともとれる悪条件が連なっていた。
「ふざけるなっ。こんな条件無効だ! 認められない!」
「お言葉ですが違法ではありませんよ。ちゃんと王国法の範囲内で運用していますのでね。それをわかった上であなたのお父上はサインされたのです。息子のあなたが踏み倒すなど許されませんよ」
男はユリウスの手から証文を奪い返し、立ち上がった。
「まぁ、今日のところは引き上げます。先々月分の返済については、不幸ごとに対する見舞金として返済免除といたしましょう。先月分と今月分の返済期限は今週末です。目処が立たなければいつもの通り、こちらへ」
「こちらとはなんだ」
「別の金貸し商会の連絡先です。お父上は借財の額が限度を超えてしまったため、うちの本店ではこれ以上お貸しできなかったのですよ。ですので別の借り入れ機関を紹介しました。それがこちらです。隣国の商人が運営する商会ですので、詳細はそちらにお問い合わせください。何せ我が国とは違う法律の元に運営されていますからね。ちなみにお父上はよくそちらでお金を借りて、うちへの返済に充てておられましたよ」
「な……っ」
「それではランバート新伯爵。期限はお守りいただけますよう」
そうして男はユリウスに他店の名刺を押し付け、去っていった。