失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
ユリウス7
「さて、ランバート伯爵閣下。あなたの家の借金についてですが、伯爵と高利貸しが捕縛されたことで無効となりました。正確に言えば貸与した側が権利を放棄したため、返済をする義務はありません」
「は……?」
間抜けな表情を晒してしまったことを許してほしい。それくらい、ユリウスにとっては驚愕の説明だった。
「……借金は無くなった、ということですか」
「貸していた人間と商会が潰れましたからね。最終的な懐となっていた伯爵家も取り潰し。取り立てる人間がいなくなったのですから、そういうことですね」
この数ヶ月間、彼を絶望の瀬戸際に立たせてきた問題がすべて無くなったと言われ、俄かに喜ぶことができなかった。あまりの急展開に頭がついていかない。
「それから、こちらの申請書にサインして提出してください」
「これはいったい……」
契約ごとには慎重にならざるを得ず、呆けた頭が一瞬にして覚醒した。税務府の担当者が渡してきたのは税金の遅延納付に関する申請書だった。
「あなたはまだ十六歳ですよね。それに父親である伯爵も母君ももう亡くなっていらっしゃいます」
「はい」
「当主が亡くなり、代理となる大人もなく、さらに後継となる人間がまだ十代の場合、領地からあがる税金の納付を一定期間遅らせることができる法律があるんですよ。ご存知でしたか?」
「いえ……初めて聞きました」
「ですよね。実は私も知らなかったんです。そもそも両親揃って早逝して、頼りとなる縁戚がひとりもいない十代の当主だけが残される家系なんて、王国の歴史を遡ってもそうそうお目にかかれませんから、誰も知らずとも仕方がない話ではあるのですが……ですがあるのは間違いないのです。私も指摘されてちゃんと確認しました」
言いいながら担当者は分厚い税務関連の法律書を開いた。
「ほら、ここの特別要項第十八条に書いてあります。あなたの場合これに該当しますから、納税の期限は二十歳まで延長されます。さらにあなたは大学生ですから、大学生を保護する制度も適応されます」
「大学生を保護する制度……」
「こちらは税務とは関係ないので、別の部所に回って説明を聞いてほしいのですが、簡単に言いますと王立大学在学中の学生にはいくつか特権が約束されていて、義務の行使を卒業まで延長できる制度があるらしいのです」
何が言いたいのかといえば、領地からあがる税金の納付期限は、古い制度のおかげで二十歳になるまで延長されるが、自分の場合は大学生であることも考慮され、卒業まで再延長できるということだ。
「税務に関して言えば、代替わりをした最初の三年は納税額の一割が免除されます。これはさすがにどの家でも積極的に使われる制度ですから、私も知っていましたがね」
つまり向こう三年は納税額自体も減額されるということ。そして支払いが始まるのはユリウスが卒業して職に就いた後となる。
「さらに……」
「まだあるのですか!?」
「良い話なのだからかまわないでしょう。元々ランバート家の後嗣の届出は長男のスチュアート様だったのが、病気を理由に昨年あなたに代わっていますよね」
「はい。兄が病にかかり、生死を彷徨う状況にありまして。今はだいぶよくなってはいますが、父は私を後嗣とするよう、届けを変更しました」
「貴族法の中に、後嗣のための傷病手当金の交付というのがあるんです」
「後嗣のための傷病手当金の交付……」
驚きがすぎたユリウスはただ担当者の言を繰り返すだけの存在に成り果ててしまった。
「円滑な爵位継承を目指すための法律でしてね。後嗣として届出されていた者が病や怪我を得た場合、その治療にかかった費用の半額が国から支給されるそうです。条件は後嗣の届出が出されて一年以上が経過していること。後嗣以外の者が病気に見舞われて、手当金目当てに後嗣変更をされてはかなわないから、こうした期間の縛りがあるらしいのですが、あなたのお兄さんはこれが適用されそうなんです」
確かに兄は出生と同時に後嗣としての届出が出されており、病を発症した際はまだ後嗣のままだった。
「少なくとも届けがあなたに変更されるまでの期間の治療費は、申請すれば戻ってくると思います。ただ証拠となる領収書や医師の診断書が必要ですが」
「それは実家で管理していたはずです」
「ならばそれらを携えて貴族府を尋ねたらいいと思います。大学生の保護制度の申請は文化府です」
ひとまずランバート領の納税遅延の届けにサインをして、担当者に提出する。ユリウス自身が伯爵当人であるから、手続きも早い。
「というわけであなたに関しては……以上ですかね。うん、間違いない」
手元の書類を指差し確認する担当者に、ユリウスは頭を下げた。
「本当にありがとうございます。正直あの途方も無い額の借金をどうすればいいのか、切羽詰まっていました。借金が無くなっただけでなく、納税遅延制度のことや傷病金のことまで教えてくださり、感謝の言葉が見つかりません」
納税義務が先送りされれば、当面の生活もどうにかなる。さらに兄の薬代の半額が返ってくるなら妹の持参金に十分だ。
熱くなりそうな目頭を手で押さえて耐えていれば、担当者が少々罰の悪い表情になった。
「は……?」
間抜けな表情を晒してしまったことを許してほしい。それくらい、ユリウスにとっては驚愕の説明だった。
「……借金は無くなった、ということですか」
「貸していた人間と商会が潰れましたからね。最終的な懐となっていた伯爵家も取り潰し。取り立てる人間がいなくなったのですから、そういうことですね」
この数ヶ月間、彼を絶望の瀬戸際に立たせてきた問題がすべて無くなったと言われ、俄かに喜ぶことができなかった。あまりの急展開に頭がついていかない。
「それから、こちらの申請書にサインして提出してください」
「これはいったい……」
契約ごとには慎重にならざるを得ず、呆けた頭が一瞬にして覚醒した。税務府の担当者が渡してきたのは税金の遅延納付に関する申請書だった。
「あなたはまだ十六歳ですよね。それに父親である伯爵も母君ももう亡くなっていらっしゃいます」
「はい」
「当主が亡くなり、代理となる大人もなく、さらに後継となる人間がまだ十代の場合、領地からあがる税金の納付を一定期間遅らせることができる法律があるんですよ。ご存知でしたか?」
「いえ……初めて聞きました」
「ですよね。実は私も知らなかったんです。そもそも両親揃って早逝して、頼りとなる縁戚がひとりもいない十代の当主だけが残される家系なんて、王国の歴史を遡ってもそうそうお目にかかれませんから、誰も知らずとも仕方がない話ではあるのですが……ですがあるのは間違いないのです。私も指摘されてちゃんと確認しました」
言いいながら担当者は分厚い税務関連の法律書を開いた。
「ほら、ここの特別要項第十八条に書いてあります。あなたの場合これに該当しますから、納税の期限は二十歳まで延長されます。さらにあなたは大学生ですから、大学生を保護する制度も適応されます」
「大学生を保護する制度……」
「こちらは税務とは関係ないので、別の部所に回って説明を聞いてほしいのですが、簡単に言いますと王立大学在学中の学生にはいくつか特権が約束されていて、義務の行使を卒業まで延長できる制度があるらしいのです」
何が言いたいのかといえば、領地からあがる税金の納付期限は、古い制度のおかげで二十歳になるまで延長されるが、自分の場合は大学生であることも考慮され、卒業まで再延長できるということだ。
「税務に関して言えば、代替わりをした最初の三年は納税額の一割が免除されます。これはさすがにどの家でも積極的に使われる制度ですから、私も知っていましたがね」
つまり向こう三年は納税額自体も減額されるということ。そして支払いが始まるのはユリウスが卒業して職に就いた後となる。
「さらに……」
「まだあるのですか!?」
「良い話なのだからかまわないでしょう。元々ランバート家の後嗣の届出は長男のスチュアート様だったのが、病気を理由に昨年あなたに代わっていますよね」
「はい。兄が病にかかり、生死を彷徨う状況にありまして。今はだいぶよくなってはいますが、父は私を後嗣とするよう、届けを変更しました」
「貴族法の中に、後嗣のための傷病手当金の交付というのがあるんです」
「後嗣のための傷病手当金の交付……」
驚きがすぎたユリウスはただ担当者の言を繰り返すだけの存在に成り果ててしまった。
「円滑な爵位継承を目指すための法律でしてね。後嗣として届出されていた者が病や怪我を得た場合、その治療にかかった費用の半額が国から支給されるそうです。条件は後嗣の届出が出されて一年以上が経過していること。後嗣以外の者が病気に見舞われて、手当金目当てに後嗣変更をされてはかなわないから、こうした期間の縛りがあるらしいのですが、あなたのお兄さんはこれが適用されそうなんです」
確かに兄は出生と同時に後嗣としての届出が出されており、病を発症した際はまだ後嗣のままだった。
「少なくとも届けがあなたに変更されるまでの期間の治療費は、申請すれば戻ってくると思います。ただ証拠となる領収書や医師の診断書が必要ですが」
「それは実家で管理していたはずです」
「ならばそれらを携えて貴族府を尋ねたらいいと思います。大学生の保護制度の申請は文化府です」
ひとまずランバート領の納税遅延の届けにサインをして、担当者に提出する。ユリウス自身が伯爵当人であるから、手続きも早い。
「というわけであなたに関しては……以上ですかね。うん、間違いない」
手元の書類を指差し確認する担当者に、ユリウスは頭を下げた。
「本当にありがとうございます。正直あの途方も無い額の借金をどうすればいいのか、切羽詰まっていました。借金が無くなっただけでなく、納税遅延制度のことや傷病金のことまで教えてくださり、感謝の言葉が見つかりません」
納税義務が先送りされれば、当面の生活もどうにかなる。さらに兄の薬代の半額が返ってくるなら妹の持参金に十分だ。
熱くなりそうな目頭を手で押さえて耐えていれば、担当者が少々罰の悪い表情になった。