失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜

カーク10

「カークは全然わかってない! ねぇ、私はいったい誰?」
「いったい何を言い出すんだ。エステルはエステルだろう」

 カークがずっと追いかけ、追い求めて、妻にと願った大切な女性だ。それ以外の何者でもない。

 だがエステルが求めているのはそんな答えではなかった。

「私はもうエステル王女じゃない。ロータス伯爵令息夫人でしょう? 前夫人がおいでじゃない今は女主人の代わりよ。私の立場で領地や領民のために働くことは当たり前のことだわ。だってソフィアお姉様はいつだって国のために民のために働いているもの」
「それはそうだが、でも君は来たばかりで」
「じゃあいつからなら働いていいの? 来週? 来月? 一年後? いつかは働くことになるなら今から動いたっていいじゃない。南部の復興は国の一番の重要案件なんでしょう? 王家の姫のせいで復興が遅れるなんて本末転倒だわ。私だってちゃんと協力したいの」

 琥珀色の瞳に熱を込めて、エステルが訴えた。

「ねぇカーク。私はあなたの妻になったのよね。そしてあなたの仕事はロータス家の跡取りとして、この地を復興させること。夫婦はいつだって助け合うものでしょう? お母様だって直接政治には関わっていなかったけど、いつもお父様の手助けをしていたわ。私はカークと、そんな関係になりたいの。ただお邸で守られるだけの存在じゃなくて、あなたの隣に堂々と立ちたいのよ」

 見上げる琥珀色の熱意に、カークは思わず息を呑んだ。幼い頃から何度も見てきた、彼が追いかけてきた表情。王女のくせに剣など振り回してという揶揄が王城内にまったくないわけではなかった。それでも彼女はいつだって真剣に訓練に取り組んできた。それこそ、後追いのカークよりもよほど真面目に。

 遠い記憶を辿りながら、彼女が昨日からなぜ声を荒げ憤っていたのか、その理由がわかって腑に落ちた。

「……君はいつだって俺の予想のはるか先を行くんだな」

 王籍から離脱し貴族の妻となっても、王女から未来の領主夫人となっても、彼女の本質は変わらない。いつだって自分にできる最善を見つけて、それに向けて全力で走り出すのが、カークが恋したエステルの姿だった。

 訓練する騎士の姿を見て、姉姫の剣になると決めた女性だ。貧しい領民と崩れ落ちた街を見て、彼らを救うために立ちあがろうとしないわけがない。昨日から花嫁道具を売り払うだの、なぜ教えてくれなかったのかだの言いだしたことをよくよく突き詰めれば、答えは見えていたはずなのに。

 カークは己の不甲斐なさに半ば憤りながら、深い息を吐いた。

「馬は駄目だ。絶対に。だけど馬車に乗るなら……」
「わかった! ありがとう、カーク、大好き!」

 言い終わらぬうちにエステルに抱きつかれ、思わずその身体を抱きとめれば。

 近くなったエステルがさらに首を伸ばし、カークの唇にさらりとキスをした。

「本当にありがとう! じゃ、さっそく行ってくるね、カークも頑張ってね!」

 抱きしめたぬくもりは余韻すら残さずに離れていき、あっという間にカークの視界から消えていく。

「……エステル! やり逃げは卑怯だろうっ」

 真っ赤になって顔を押さえる未来の領主の姿が、多くの使用人に目撃されることになった。

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