失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜
カーク13
その後は税務管理官やロータス家の家令と面談したり、居残っていた騎士たちに話を聞いて回ったりしているうちに、あっという間に夕方になった。
季節は夏。日はまだ高く、七時を回っても辺りは明るい。だが荷物を回収に行ったはずのエステルがまだ戻ってきていなかった。隊長を初めとする精鋭がついている。何かあるとは考えにくいが、カークはいてもたってもいられず、自分の馬を引いた。
「何名か着いてきてくれ。エステルを迎えにいく」
そのまま数騎で駆け出せば、道を半分ほど進んだところで王家の馬車隊を見つけた。纏った空気から何事もなく、ただ戻りが遅くなっただけと察した。
「エステル! 遅いから何事かと思ったぞ」
馬を馬車に寄せれば、朝別れた妻が窓からぬっと顔を出した。
「ごめんなさい、ちょっといろいろやってたらすっかり遅くなっちゃった。でも見て、王家の馬車も連れてこられたんだよ」
エステルが指差す後方を見れば、伯爵家から差し向けた小ぶりの馬車の後ろに、王家の紋章が入った立派な馬車が続いていた。
「よく道が通せたな」
瓦礫や仮小屋のせいで道が塞がれ、立ち往生したのはつい昨日のことだ。馬車を守るために一晩中残った騎士たちが、急ぎ整えたのだろうか。
「あのね、カーク。ランバート宰相補佐官ってすごく気がきく人なんだね」
「は?」
思いもかけぬ名前がエステルの口から飛び出して、つい間抜けな声が漏れた。
「お城からの嫁入り道具って、全部ドレスとか家具とかだとばかり思ってたけど、最後の二台だけ違っててね。食べ物がぎっしり詰まってたの。それもちょっと珍しい保存食とか甘いおやつとか、そういうの! あ、お酒も入ってたんだった」
「なんだって?」
「私の荷物だから、優先的に運ぶものを決めてほしいってデュカス隊長に言われて確認してみたら、そうなってたの。それでね、目録と一緒にランバート補佐官からの手紙が入ってたんだ」
彼女が差し出した手紙を受け取ってみれば、内容は、未来の義妹となるエステルへ彼からの個人的な贈り物、ということだった。
——食糧は最優先で手配しましたので、概ね充足しているはずです。足りないのはこうした物だと思われます。エステル様の良きようにお使いください——。
最後に記されているのは間違いなくユリウス・ランバート補佐官の署名だ。
「カーク、あのね、私、勘違いしてたみたい。道や建物があまりにも酷かったから、みんな食べる物も困ってるんじゃないかって思ったんだけど、毎日の食事は大丈夫だって、住民の方たちが言ってたんだ」
「エステル、まさか、領民に近づいたのか!?」
嫁したとはいえ彼女は元王女だ。城の中で大切に育てられた彼女が、王都の民と口を聞く機会は滅多になかった。咄嗟にソフィアが襲われたときのことを思い出したカークは思わず同行していた小隊長を振り返った。
「申し訳ありません! お叱りは如何様にも受けます!」
デュカス隊長以下の騎士たちも急ぎ下馬して頭を下げる。呆気に取られれば、馬車の中からエステルが身を乗り出さんばかりに声を上げた。
「カーク、彼らを叱らないであげて。みんな私の命令に従っただけなの。私に命じられたら嫌とは言えないでしょう? みんな道路のお片付けと仮小屋の移築を手伝ってくれたんだ」
「なんだって!?」
先ほどから同じ台詞しか叫べぬ自分はピエロにでもなったかの気分だった。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
「あのね、ランバート補佐官が好きに使っていいって書いてくれてたから……」
そうしてエステルが語り始めた今日半日の出来事に、カークは目を剥くはめになった。
季節は夏。日はまだ高く、七時を回っても辺りは明るい。だが荷物を回収に行ったはずのエステルがまだ戻ってきていなかった。隊長を初めとする精鋭がついている。何かあるとは考えにくいが、カークはいてもたってもいられず、自分の馬を引いた。
「何名か着いてきてくれ。エステルを迎えにいく」
そのまま数騎で駆け出せば、道を半分ほど進んだところで王家の馬車隊を見つけた。纏った空気から何事もなく、ただ戻りが遅くなっただけと察した。
「エステル! 遅いから何事かと思ったぞ」
馬を馬車に寄せれば、朝別れた妻が窓からぬっと顔を出した。
「ごめんなさい、ちょっといろいろやってたらすっかり遅くなっちゃった。でも見て、王家の馬車も連れてこられたんだよ」
エステルが指差す後方を見れば、伯爵家から差し向けた小ぶりの馬車の後ろに、王家の紋章が入った立派な馬車が続いていた。
「よく道が通せたな」
瓦礫や仮小屋のせいで道が塞がれ、立ち往生したのはつい昨日のことだ。馬車を守るために一晩中残った騎士たちが、急ぎ整えたのだろうか。
「あのね、カーク。ランバート宰相補佐官ってすごく気がきく人なんだね」
「は?」
思いもかけぬ名前がエステルの口から飛び出して、つい間抜けな声が漏れた。
「お城からの嫁入り道具って、全部ドレスとか家具とかだとばかり思ってたけど、最後の二台だけ違っててね。食べ物がぎっしり詰まってたの。それもちょっと珍しい保存食とか甘いおやつとか、そういうの! あ、お酒も入ってたんだった」
「なんだって?」
「私の荷物だから、優先的に運ぶものを決めてほしいってデュカス隊長に言われて確認してみたら、そうなってたの。それでね、目録と一緒にランバート補佐官からの手紙が入ってたんだ」
彼女が差し出した手紙を受け取ってみれば、内容は、未来の義妹となるエステルへ彼からの個人的な贈り物、ということだった。
——食糧は最優先で手配しましたので、概ね充足しているはずです。足りないのはこうした物だと思われます。エステル様の良きようにお使いください——。
最後に記されているのは間違いなくユリウス・ランバート補佐官の署名だ。
「カーク、あのね、私、勘違いしてたみたい。道や建物があまりにも酷かったから、みんな食べる物も困ってるんじゃないかって思ったんだけど、毎日の食事は大丈夫だって、住民の方たちが言ってたんだ」
「エステル、まさか、領民に近づいたのか!?」
嫁したとはいえ彼女は元王女だ。城の中で大切に育てられた彼女が、王都の民と口を聞く機会は滅多になかった。咄嗟にソフィアが襲われたときのことを思い出したカークは思わず同行していた小隊長を振り返った。
「申し訳ありません! お叱りは如何様にも受けます!」
デュカス隊長以下の騎士たちも急ぎ下馬して頭を下げる。呆気に取られれば、馬車の中からエステルが身を乗り出さんばかりに声を上げた。
「カーク、彼らを叱らないであげて。みんな私の命令に従っただけなの。私に命じられたら嫌とは言えないでしょう? みんな道路のお片付けと仮小屋の移築を手伝ってくれたんだ」
「なんだって!?」
先ほどから同じ台詞しか叫べぬ自分はピエロにでもなったかの気分だった。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
「あのね、ランバート補佐官が好きに使っていいって書いてくれてたから……」
そうしてエステルが語り始めた今日半日の出来事に、カークは目を剥くはめになった。