失恋するまでの10日間〜妹姫が恋したのは、姉姫に剣を捧げた騎士でした〜

エステル8

 カークが入団してから、エステルはますます騎士団の修練所に足を運ぶことになった。さすがに騎士見習いの彼と肩を並べて訓練するわけにはいかないが、同じ空間にいれば自然とカークの姿が目に入り、タイミングが合えば言葉を交わすことはできる。

 騎士学校を主席で卒業したとあって、カークの実力は同年代の見習いたちの中でも頭ひとつ抜けていた。元々王女の乳兄弟として王城暮らしで、小さい頃から遊びがてら騎士たちの教えを得ていた身でもある。本人の素養もあったのだろう、騎士団の最短コースをなぞって、一年後には准騎士に叙された。

「カーク、准騎士おめでとう! すごいじゃない!」
「ありがとうございます。これで夢に一歩近づけました」
「うふふ、カークの夢もソフィアお姉様を守ることだものね。私と一緒だね」
「……まぁ、そうではありますね。そんなことよりエステル様、あそこにあなたの家庭教師の姿が見えますが、ひょっとしてまた勉強をサボって抜け出してきたのでは?」
「げ……! 嘘でしょ、捲いたと思ったのに!」
「相変わらずですね。勉学を通じて姉姫様を支えるのも、妹としてなすべきことなのではないですか?」
「そういうカークだって侍従にならずに騎士になってるじゃない。お姉様の助けになるならそういう道もあったのに」
「俺は別に勉強を苦手にしていたわけではありませんよ。准騎士の試験にはペーパーテストや口頭諮問もありますからね。それもすべて最優秀でクリアしています」
「嘘でしょ、カークって頭も良かったの!?」

 てっきり勉強が嫌いだから、侍従や文官でなく騎士を目指したのだとばかり思っていた。そう告げれば「俺のことをなんだと思っているんですか……」と額に手を当て項垂れた。

「エステル様! やっぱりここにおいでだったのですね! 午後は淑女教育の時間だとご存知のはずですよね」
「うわぁ! ごめんなさい!」

 家庭教師からさらに逃げようとすれば、咄嗟にカークに腕を掴まれ捕獲された。

「ちょっと、カークってば何するのよ。逃げられないじゃない!」
「逃げてはダメでしょう。あなたはルヴァイン王国の王女なんですから。少しは姉姫様を見習いましょうね」
「ダンフィル卿のおっしゃる通りですわ。エステル様には未来の女王陛下の妹君として、完璧なマナーを身につけていただかなくてはなりません」
「だって、あれ苦手なんだもの!」
「苦手だからこそ学ぶのですわ。出来ていたら私だってここまで申しません」
「あんなの全部、ソフィアお姉様がパーフェクトに出来るんだからいいじゃない。私が出来なくても誰も困らないわ」

 口を尖らせてそっぽを向けば、家庭教師に「エステル様、我儘も大概になさいませ」とさらに憤慨された。

 淑女教育など自分には必要ないものとエステルは本気で思っている。ソフィアを剣で支える自分は、誰かと結婚するつもりはない。そんなことをすればソフィアの傍にいられなくなってしまう。

 それは即ち、姉を守るカークの傍にもいられないということ。

 一年前に自分で名付けたこの気持ちは「恋」という。その気持ちが向かう先は、最短で准騎士となり、確実に出世コースを進んでいる空色の瞳の彼だ。この一年でエステルの身長も姉に匹敵するくらい伸びたが、彼もまた一段と大きくなり、ますますその瞳が遠くなった。

 それでも、このままエステルが剣を振るってさえいれば、同じ空間にいるカークの視界に入ることができる。そう信じて毎日のように修練所に足を運ぶのだが。

 自分と家庭教師とカークが話している先が少し騒がしくなったかと思うと、見知った姿が優雅にこちらへと歩んできた。

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