愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 藤夜は何も応えなかった。ただ、稚児は何も言葉を発することなく、丸い瞳で季音を真っ直ぐに射貫いていた。

 そのまま、どのくらいそうしていたのだろう。幾何か時を経た後、藤夜は季音の髪を撫でた。
 随分長いこと抱きしめていたのだから、いい加減に離せということだろう……。季音は彼女から身を引くが、藤夜は季音の腕を引く。
 こつりと額と額が合わさった。そしてまたも後ろ髪を撫でられて――

「のぅ、藤香。妾は一つだけ、あんたとこの子を生かす方法があることを思いついた。それにはあんたの夫……あの陰陽師の力が必要なんじゃ」

 頼めないか?
 そう告げた、彼女の瞳はとてつもなく優しい色を灯していた。

 ***

 ――生かす方法。それは恨みに汚れた荒魂(あらみたま)を浄化し、清い和魂(にきみたま)としたものを季音の身体に入れるという手段だった。
 それで恐らく、人並みの健全な身体が保てるだろうと。

 だが、そのためには、藤夜を表に出し、彼女の魂を引き剥がさなくてはいけない。

 しかしその瞬間、季音は人――藤香に戻ることになる。
 時を止めているのだから、恐らく、急激に死に至ることはないと彼女は言った。だが、命日に取り憑いたのだ。幾らか龍志の精気で寿命も延びているだろうが、子を宿しているのだからその分、命を削ることとなる。

 無論、藤夜は表に出た時点で荒魂(あらみたま)の影響を直に受けることとなる。
 恐らく、ものの数分も経たぬうちに自我を保てなくなるだろうと、彼女は語る。
 そして、藤香の身体から荒魂を抱えた魂を抜き取り、それを龍志が浄化すると――

 恐らく、成功率は低いだろうと藤夜は言う。なにせ、数百年も取り憑いて眠らされていたのだ。更に彼が季音を信じてくれるかも怪しい。
 あのような真似に出たばかりだ。洗脳されたと思われてもおかしくない。

 だが、信じるか信じないかにおいては、龍志自身を信じるしかないだろう。

 ふわふわとした尾を膝掛けにして、季音は膝を抱えて洞窟の外の空を見上げた。

 雨は降る気配もない。頭上には煌々と明るい月が浮かび、清んだ空気に星が眩いほどに瞬いていた。
 少しばかり肌寒い。だが、凍えるほどの寒さではなかった。彼の精気のお陰か、気分の悪さもなく、今は心も凪いだ状態だった。
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