愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「このままで持つようなら、妾はずっとここに居続けようと思ったんじゃ。そもそも長いこと憑依したせいで、おまえの身体の外に簡単に出れん。だからもう干渉せず、守護霊として見守り、お前は子を産んで生きれば良いと思った。だがな、この子の魂が育つほどに話が変わったのじゃ。死にかけのあんたの身体が動くのは妾の力が作用している。だが、魂が育つとなると膨大な力が必要。もう、妾一人じゃお前の身体を支えきれなくなったのじゃ……」

 そもそも、命日となる日に取り憑いた。そう告げると藤夜は言葉を詰まらせた。
 季音はもう、彼女が何を言わんとしているか分かってしまった。
 あまりに生命力が足りないから、龍志の精気を奪い、それを力にしたのだと……。だが、もう彼女一人の力では、どうにもできないから困っているのだと。

「だけど、どうして藤夜様……どうして私やこの子のために」

 ()けば、彼女は「馬鹿」と、目を細めた。

「妾も元は獣の雌。子はおらんが、子を愛おしく思うであろう気持ちは想像もできた、子は好きだ。だから、子殺しなどできん。だが……荒魂に墜ちた時、妾は……」

 狛犬の対。獅子をこの手にかけたのだと、彼女は小さく告げる。
 幼獣から見守っていた、可愛い子を殺めたと。そして、半狂乱になり、次々に罪も無い人や狸を殺めてしまい、取り返しが付かなくなったのだと……。
 その瞳には後悔の色が強く滲んでいた。

「恨みを果たしたかったのは一人だけ。なのに、あんなことになるなんてな。もうあんなことはしたくもない。この奇跡を流し、妾の手でお前を殺すなどできん。妾はお前に恨みなどひとつもないのだから……」

 真っ直ぐに藤色の瞳を向けて、彼女は告げた。

 その本質は優しき獣――そんな風に思えてしまった。
 意地悪ぶっているのだろう。「ざまぁみろ」と言ったのも、恐らく戯けていったのだろう。と、なんとなく彼女の本質を見抜けてしまった。

 言葉を出せなかった。喜び、悲しみ、僅かな憎悪と……形容できない感情に、気づけば季音は子を抱く藤夜ごと抱きしめていた。

「こんな時まで愚図でごめんなさい。私、貴女にどんな顔をすれば良いか分かりません。だけど、これだけは言わせて……私は、脆弱な自分に付け込んで利用した貴女を許さない。だけど、私は持った全ての願いを叶えてくれたことだけは感謝してるわ」

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