愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 心がいっぱいだった。とてつもなく幸せに思えた――季音は三匹に深々と頭を垂れた。鼻の奥がツンと熱くなり、(まなじり)から涙が溢れた。それはポタリと下駄と地面を濡らす。

「勿論です。龍志様の約束もお瀧ちゃんの約束も守ることを誓います。皆さんがいてくれたこと、巡り会えた縁、幸せでした。私にとって何よりの宝物だわ……」

 季音は涙を拭い、今一度彼らに視線を送った。蘢も朧も瀧も……誰もが穏やかな顔を向けていた。

「季音。お前の身体から、藤夜を引き剥がすのは簡単にできると踏んでいる。だが、お前の本当の勝負は藤夜が抜けてからだ。子のため、友のために生きることを必ず諦めないと誓え」
「ええ、勿論です」

 龍志の言葉に季音は力強く頷いた。
 
「……そろそろ始めるぞ」そう言って、彼は数歩下がり、祝詞のような荘厳な言の葉を詠唱する。夕暮れの藍色の世界に、白銀の糸のような結界が張り巡らされ、それは季音を優しく囲う。

「さて、そろそろ藤夜に変わってもらおう……」

 彼の言葉に促され、季音は穏やかに藤夜に呼びかけた。
 すると、視界は白に染まり、朱塗りの門が開き、季音は迷わず門をくぐる。

「さぁて、行ってくるわ。お前はしばし四阿(あずまや)で自分の子を見ていてくれ」

 すれ違いざま、藤夜は季音の肩を叩いて笑んだ。
 生きることに執着しろ、諦めるな――そう付け加え、彼女は振り向かず、光溢れる門の向こうに歩んでいった。

 ※※※

 視界がはっきりすると、そこは地獄のような景色が広がっていた。ツンと鼻につく硫黄の匂い。夕闇の仄暗い空間に湯煙が漂っていた。

 目の前に佇み呪いを詠うのは、かつて自分に神の座を押しつけた男に憎たらしいほど似た男だった。(しか)と見ても、愛憎は薄れていた。だが、荒魂(あらみたま)の影響が襲いかかり、藤夜は己の瘴気に吐き気を催した。

「のぅ、成功する保証はあるのか?」

 それだけ告げると、白銀の結界を隔てた向こうの男はほくそ笑んだ。そんな顔も本当によく似ていて、憎たらしいを通り越し、呆れさえ感じた。

「馬鹿言え、俺を誰だと思ってる。その依頼、その身体の持ち主のために命を懸けて必ず成功させてやる。お前はせいぜい積年の恨みをぶつけてこい。そして後は社で悔い改めろ」

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