愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
第15話 愚鈍な娘、覚醒の狐火
三対一の戦いが始まってから、数分が過ぎたころだろう。
夜の森は、静かであるはずなのに、今はすっかり騒々しい喧噪に飲み込まれていた。
地面が裂けるような轟音、刃と刃がぶつかり合う鋭い響き、そして絶え間ない怒号。森の静寂は、戦いの熱気に掻き消されていた。
季音は、相変わらず拘束されたまま、ただ黙ってその争いを眺めていた。動くこともできず、こうやって見ているしかなかった。
けれど、決着は思ったより早くついた。充分も経たないうちに、タキは岩の上にへたり込み、四つん這いで荒々しく息を吐いていた。額から滴る汗が、地面にぽたぽたと落ち、岩を濡らす。
その向かいでは、朧と蘢が無傷で立っていた。タキの様子をじっと見つめながら、汗の滴る額を袖で拭い、肩で息を整えている。
二人の表情には、戦いの余韻がまだ色濃く残っていた。
「あの嬢ちゃん結構やるなぁ……」
「小さな狸の雌如きと侮っていましたが、妖力の扱い方を心得ていますね。素直に手強いです。ただ雑で悪く言えば力押し……朧殿と似ています」
「同感。俺も少し思った」
朧は苦笑いを浮かべながら肯定した。
「おい嬢ちゃん、まだやるか? さすがに妖力も尽きる限界寸前だろ?」
朧は沢の石を飛び移ってタキに近付き問いかける。すると――
「当たり前だ……ナメんなクソ鬼!」
彼女はたちまち目をきっと尖らせて、怒鳴り散らした。
……しかしながら、タキに抗う力がまだ残っていることに季音は驚いてしまった。
朧の言う通りに限界も近いだろうとは目に見えて分かる。
察知することすらやっとのほどに身に纏った妖気が微弱になっているのだ。恐らく、もう妖術は使えないだろう。それに、彼女の脚が今にも崩れ落ちそうなほどに戦慄いていることから、体力的限界が近いのだと容易に悟ることができた。
「無茶するな降参しろ。式神とは謂わば雇われ妖だ。俺らの主は狐の嬢ちゃんに危害を与える真似なんてしないことは知っている」
――不毛だ、話くらい聞け。だから、もう止めろ。
朧はタキに手を差し出したが、タキはすぐにその手を叩き払う。
「降参なんぞしない。たとえお前の言う通りであれ、人の飼い慣らされた奴なんかの言葉に耳なんぞ傾けてたまるか。おれは命を張ってでもおキネを取り戻すと言った。それが信念だ」
夜の森は、静かであるはずなのに、今はすっかり騒々しい喧噪に飲み込まれていた。
地面が裂けるような轟音、刃と刃がぶつかり合う鋭い響き、そして絶え間ない怒号。森の静寂は、戦いの熱気に掻き消されていた。
季音は、相変わらず拘束されたまま、ただ黙ってその争いを眺めていた。動くこともできず、こうやって見ているしかなかった。
けれど、決着は思ったより早くついた。充分も経たないうちに、タキは岩の上にへたり込み、四つん這いで荒々しく息を吐いていた。額から滴る汗が、地面にぽたぽたと落ち、岩を濡らす。
その向かいでは、朧と蘢が無傷で立っていた。タキの様子をじっと見つめながら、汗の滴る額を袖で拭い、肩で息を整えている。
二人の表情には、戦いの余韻がまだ色濃く残っていた。
「あの嬢ちゃん結構やるなぁ……」
「小さな狸の雌如きと侮っていましたが、妖力の扱い方を心得ていますね。素直に手強いです。ただ雑で悪く言えば力押し……朧殿と似ています」
「同感。俺も少し思った」
朧は苦笑いを浮かべながら肯定した。
「おい嬢ちゃん、まだやるか? さすがに妖力も尽きる限界寸前だろ?」
朧は沢の石を飛び移ってタキに近付き問いかける。すると――
「当たり前だ……ナメんなクソ鬼!」
彼女はたちまち目をきっと尖らせて、怒鳴り散らした。
……しかしながら、タキに抗う力がまだ残っていることに季音は驚いてしまった。
朧の言う通りに限界も近いだろうとは目に見えて分かる。
察知することすらやっとのほどに身に纏った妖気が微弱になっているのだ。恐らく、もう妖術は使えないだろう。それに、彼女の脚が今にも崩れ落ちそうなほどに戦慄いていることから、体力的限界が近いのだと容易に悟ることができた。
「無茶するな降参しろ。式神とは謂わば雇われ妖だ。俺らの主は狐の嬢ちゃんに危害を与える真似なんてしないことは知っている」
――不毛だ、話くらい聞け。だから、もう止めろ。
朧はタキに手を差し出したが、タキはすぐにその手を叩き払う。
「降参なんぞしない。たとえお前の言う通りであれ、人の飼い慣らされた奴なんかの言葉に耳なんぞ傾けてたまるか。おれは命を張ってでもおキネを取り戻すと言った。それが信念だ」