愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「その信念はまさに妖の鏡。もはや尊敬に値するが……」
朧より少しばかり後方に佇む蘢はため息交じりに呟いた。
その矢先だった。
何か一人ごちたタキは再び四つん這いの姿勢になった。まるで最後の力を振り絞るかのように――毛を逆立てて、牙を剥き出した彼女は低い唸り声を上げた。
「おいおい、まじかよお前……」
朧が嘆くように言って間もなく、タキは瞬く間に獣の姿に変化した。
狸らしいずんぐりとした印象のないしなやかな肢体――それは黒々とした毛並みの美しい巨大な狸だった。獰猛な獣そのものだろう。牙を剥き出したタキはごぉと咆哮を上げて、朧に飛びかかり彼の肩に食らいつく。
――一瞬にして噎せ返るほどの血の匂いが充満した。
噛みついた朧を沢に振り投げて、タキは次の攻撃に出ようと前屈姿勢を取る。
季音は戦慄に目を瞠る。
まるで血に飢えた獣そのもの。これが本当にタキなのだろうか……と目の当たりにした光景に季音は己の目さえ疑った。
勇敢で血の気が多い。その様は確かに狸らしからぬとは思っていた。だが、今の『タキ』は自分の知っている親友の少女とはあまりにもかけ離れていた。
(もう止めて……!)
そもそもは他人だ。本来ならば関わるべきではない異種族。ましてや自分が元々は人間――と、先程の話の一部始終は聞いていただろう。
だからこそ、自分のために命を投げ出すなんて馬鹿馬鹿しい。確かに、そこまで友として思われることは嬉しいが、ここまでする必要も理由もどこにもないのだ。
それを叫びたくて仕方ないが、唇は空回りするばかり。季音は得体の知れぬ焦燥に身を震わせた。
「痛ってぇな……!」
跳ね起きた朧は肩口を押さえて瞳を吊り上げた。激昂したのだろう。その形相は鬼そのもの――顔面には血管が浮き立ち、見たこともない恐ろしい気迫で彼はタキを射貫いていた。
朧も本気で攻撃をけしかけるのだろう。彼の筋張った手は、瞬く間に強靱な鬼らしいものへと変わり果て――鋭い刃のような爪を剥き出して、飛びかかった朧はタキの顔面に殴るように斬りかかった。
防ぐことなく、真っ向から攻撃を受けたタキは地面に転がった。
瞬時に朧の妖気が悍ましいほどに膨れ上がる。確実に次をけしかけるのだろう。彼は地面に手をついて、怯んだタキを睨み付けた。
朧より少しばかり後方に佇む蘢はため息交じりに呟いた。
その矢先だった。
何か一人ごちたタキは再び四つん這いの姿勢になった。まるで最後の力を振り絞るかのように――毛を逆立てて、牙を剥き出した彼女は低い唸り声を上げた。
「おいおい、まじかよお前……」
朧が嘆くように言って間もなく、タキは瞬く間に獣の姿に変化した。
狸らしいずんぐりとした印象のないしなやかな肢体――それは黒々とした毛並みの美しい巨大な狸だった。獰猛な獣そのものだろう。牙を剥き出したタキはごぉと咆哮を上げて、朧に飛びかかり彼の肩に食らいつく。
――一瞬にして噎せ返るほどの血の匂いが充満した。
噛みついた朧を沢に振り投げて、タキは次の攻撃に出ようと前屈姿勢を取る。
季音は戦慄に目を瞠る。
まるで血に飢えた獣そのもの。これが本当にタキなのだろうか……と目の当たりにした光景に季音は己の目さえ疑った。
勇敢で血の気が多い。その様は確かに狸らしからぬとは思っていた。だが、今の『タキ』は自分の知っている親友の少女とはあまりにもかけ離れていた。
(もう止めて……!)
そもそもは他人だ。本来ならば関わるべきではない異種族。ましてや自分が元々は人間――と、先程の話の一部始終は聞いていただろう。
だからこそ、自分のために命を投げ出すなんて馬鹿馬鹿しい。確かに、そこまで友として思われることは嬉しいが、ここまでする必要も理由もどこにもないのだ。
それを叫びたくて仕方ないが、唇は空回りするばかり。季音は得体の知れぬ焦燥に身を震わせた。
「痛ってぇな……!」
跳ね起きた朧は肩口を押さえて瞳を吊り上げた。激昂したのだろう。その形相は鬼そのもの――顔面には血管が浮き立ち、見たこともない恐ろしい気迫で彼はタキを射貫いていた。
朧も本気で攻撃をけしかけるのだろう。彼の筋張った手は、瞬く間に強靱な鬼らしいものへと変わり果て――鋭い刃のような爪を剥き出して、飛びかかった朧はタキの顔面に殴るように斬りかかった。
防ぐことなく、真っ向から攻撃を受けたタキは地面に転がった。
瞬時に朧の妖気が悍ましいほどに膨れ上がる。確実に次をけしかけるのだろう。彼は地面に手をついて、怯んだタキを睨み付けた。