英雄の妻に転生しましたが、離縁されるようです ~旦那様、悪妻の私を愛さないでください~
 必死で首を左右に振ると、顎を掴まれ、顔を正面に向けられた。見れば、吐息がかかるほど近くに、見覚えのある彫像のような顔が迫っている。

「……ルシウス、様?」

 問いかけると返事の代わりに、彼は長い睫毛を揺らして瞬きをひとつした。闇の中でも美しいその瞳に目を奪われて抵抗を止めると、じわりと痛みを伴っていた顎の拘束はすぐに解かれた。

 驚きのあまり自然と名前を口にしてしまったが、大丈夫だったろうか。頭も舌も回らないままじっとしていると、苛立ちを含んだ低い声が投げかけられる。

「なんの用だ。なぜ扉を通れた? ヒルダの術による錠がかけてあったはずだが」
「え? 錠なんてかかっていませんでしたけど……」
「……なんだと?」
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