明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
桜奴の微笑みに、志郎さんもわずかに口元を緩める。

「ああ、君も変わってないようだ。」

――親しく話している。

知り合い? それとも……馴染みの人?

「そう言えば、この辺り。茶屋の近くでしたね。」

桜奴がふと振り返り、艶やかな声で続ける。
「私たちも、よく茶屋に通いましたね。」

「……ああ。」

志郎さんの短い返事。

それだけなのに、私の心の中で何かが音を立てて崩れた。

――ああ、私だけではなかったのだ。

しかも、こんなに綺麗な芸子さんと。

胸の奥がぎゅっと痛み、足がすくむ。

喉が乾いて声も出ない。

「また呼んでくださいまし。待っていますわ。」

桜奴は艶やかに微笑み、志郎さんに一礼して去って行った。

残された私は、冷たい風に晒されたように震えていた。

彼の言葉も仕草も、すべて私だけのものだと思っていたのに――。
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