明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
私は気が抜けたように歩き始めた。

胸の奥が重く、足取りは鉛のように遅い。

すると背後から志郎さんが追いつき、私の腕を掴んだ。

「……聞いていたのか。」

「……はい。」

振り返ると、彼は眉を寄せ、片手で私を抱き寄せた。

「何も気にすることはない。」

そう囁かれる。

けれど、さきほどの芸子さんの言葉が耳から離れなかった。

――私たちも、茶屋に通いましたね。

「……恋人だったのですか。」

声が震える。

否定してほしかった。たとえ方便でもいい、そう言ってくれれば救われたのに。

志郎さんは私をまっすぐ見つめ、沈黙のあと、低く告げた。

「ああ。恋仲だった。」

その瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。

彼が誠実であることは分かっている。

でも、私にとっては刃のように重い言葉だった。

視界が滲み、呼吸が浅くなる。

――やっぱり、私だけじゃなかった。

志郎さんの腕に抱かれながら、私はどうしても笑顔を作ることができなかった。
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