明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
「雪乃さんを……俺に――」

志郎さんが切り出したその瞬間、父は手にしていた盃を静かに置いた。

「まあ、急がなくてもいいじゃないか。」

「……お父さん?」

思わず声を上げる。どういう意味なの?

父は私たちを見回し、柔らかな口調で続けた。

「二人とも、まだ若い。いずれそういう時も来るさ。」

――かわされた。

胸の奥に不安が広がる。

志郎さんはしばし黙り、やがて父から差し出された盃を受け取った。

「……今日はそれよりも、再会の盃だ。」

「はい。」

短く応え、盃を口に運ぶ志郎さん。

その横顔は凛としていたけれど、胸の内に秘めた言葉を飲み込んでしまったように見えた。

私は隣に座ったまま、何も言えずに唇を噛んだ。

父が試しているのは分かる。

けれど――本当に、志郎さんの想いは伝わるのだろうか。

沈黙の中で、盃を交わす音だけが小さく響いていた。
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