明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
家の中に入ると、すでに酒の席が整えられていた。

「まさか桐島中尉が家を訪ねて下さるなんて。」

母は目を輝かせ、嬉しそうに盃を並べる。

父が徳利を手にし、杯に酒を注ごうとしたその時――。

「お待ちください、お父様。」

志郎さんの低い声が場を制した。

「なんだね?」

父はきょとんとした表情を浮かべ、手を止める。

志郎さんは背筋を正し、真剣な眼差しで父を見据えた。

「その……お話があります。お嬢様、雪乃さんのことです。」

私は鼓動が早鐘のように高鳴った。

けれど「ここだ」と思った。

席を立ち、志郎さんの隣に座る。

二人並んで、まっすぐに父へと視線を向ける。

父はゆっくりと杯を置き、組んだ手を膝に乗せた。

「雪乃のこと?」

静かな言葉に、場の空気が一気に張りつめる。

私は志郎さんの袖をそっと握りしめた。

彼は力強く頷き、口を開こうとしていた。
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