出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました
三十五話〜トラウマ〜
幼い頃から女性は苦手だった。
特に歳の近い女性が。
理由は単純で、お茶会などで顔を合わせる令嬢達は幼いながら本能なのかあるいは親から差し金かは知らないが、セドリックの隣を奪おうと躍起になる令嬢ばかりだった。
その中でもコルベール家の双子の妹ビアンカが特に苦手だった。
そして十歳の時、苦手から完全に嫌いになった。理由はーー
その日、城では舞踏会が開かれていた。
特別祝い事という訳ではなかった為、まだ十歳のセドリックや妹達は参加していなかった。
舞踏会の為に人手をそちらに取られた城内は、広間のある本城以外は閑散としていた。
夕食後、退屈をしていたセドリックは夜風に当たり庭を散歩でもしようと部屋を抜け出した。
当然部屋の扉の前には護衛がいるので、バルコニーをつたい数部屋先の部屋まで移動する。
まだ少年だったセドリックは、どこにでもついてくる護衛が鬱陶しくて仕方がなく、時折りこうやって脱走をしていた。なので、慣れたものだ。
脱出に成功した後、庭へ向かう為に廊下を歩いていた。
そんな時、前方から一人の令嬢が歩いてくるのが見えた。
今セドリックがいる場所は、城の奥側であり基本的に来賓がくる事はない。もしかして迷ったのだろうかと単純に思った。
『ここは立ち入り禁止だ。迷ったのなら人を呼んで案内させる』
女性との距離が数歩まで迫った時、セドリックはやんわりとそう告げた。
『……あの、もしかしてセドリック皇子殿下ですか?』
遠目では分からなかったが、女性は髪もドレスもかなり乱れていた。
歳は十代後半くらいだろうか。少し疲れたように見える。
『ああそうだけど、君は』
『……』
『どうかしたのか』
急に黙り込んだと思えば、食い入るようにこちらを見てきた。
暫しそのままでいる女性に困惑していると、彼女はこんな事を言い出す。
『迷ってしまったのは事実ですが、実は気分が悪くて休める場所を探していたんです』
確かに先ほども思ったが、やはり顔色が悪い。
『そうか、なら尚更直ぐに人を呼んでくる。少しここで待ってーー大丈夫か⁉︎』
踵を返そうとした瞬間、女性はその場に倒れ込んだ。
セドリックは慌てて手を伸ばし女性の身体を支える。
『申し訳ありませんが、どこか休める場所に……』
仕方なく女性に言われるがまま、手を貸しながら近くの部屋に入った。そしてソファーに彼女を横にさせる。
『今、人を呼んでくる。君はここでーーうわっ‼︎』
完全に油断していた。まさか腕を引っ張られるなど思わない。
気付いた時にはセドリックは女性に組み敷かれていた。
『どういうつもりだっ』
『……セドリック様、私と結婚して下さい』
『は……?』
この状況だけでも訳が分からないのに、更に突拍子のない事を言われ思わず間の抜けた声が出た。
『歳上は嫌ですか?』
『別に嫌とかはないけど……』
『それなら構いませんよね。私と子作りしましょう』
『なっ、離せ‼︎』
体重を掛けられ焦ったセドリックは肢体をバタつかせるが、身動きが取れない。
相手は女性ではあるが、小柄なセドリックは押さえ込まれてしまう。
『セドリック様は、横になられているだけで大丈夫ですから。私が沢山気持ちよくして差し上げます』
女性の顔が近付きその唇がセドリックのそれと触れそうになり、勢いよく顔を背けた。せめてもの抵抗だった。
『まだお若いからウブですね』
耳元を熱い息が掠める。
くすりと笑うと今度は首元に顔を埋め執拗にキスをする。
むせ返える程の香水の匂いと接触している部分から伝わってくる生温かい体温。
興奮しているのか、時折り女性の口からは甘ったるい声が洩れ聞こえてきた。
気持ちが悪いーー
息が苦しくなり気分が悪くなってきて、目眩を覚える。
それを勘違いしたのか女性は「今、楽にして差し上げますよ」と言い、セドリックの服に手を掛け胸元を肌蹴さす。
唇が首から胸元へと伝う感覚に全身が粟立つ。
更に女性はセドリックのズボンへと手を掛けようとしたがーー
セドリックがいなくなった事に気付いたら護衛達が部屋へと乗り込んできた。
その後女性は取り押さえられ、独房に入れられた。
女性は一介の伯爵家の娘で、その日は舞踏会に参加していたという。だがその舞踏会で婚約者から婚約を破棄され自暴自棄になっており、セドリックと出会したのは偶然だったらしいが皇子妃になれば元婚約者を見返せると考えたそうだ。
実に浅はかで愚かだと思う。
現在女性の生家である伯爵家は、娘の責任を問われ爵位は剥奪された故にもうない。
女性は生涯独房で過ごす事になったが、事件から一ヶ月もせずに自ら首を吊り発見された時には既に息絶えていた。
実に後味の悪い幕切れとなり、セドリックはトラウマを抱える事となった。